イントロ 寿司屋にて
週末、都内某所で日本文化愛してるなーって感じの外国の方と寿司屋で会った。名前はD君、あるいはDさんかな。
日本語も堪能、剣道や居合も母国で嗜(たしな)んできた様子。
これは、行くなら寿司屋でしょ、一緒に食べるなら鮨でしょ。
ということで、回ってはいないだけで料金的にはそれに限りなく近いチェーン店のカウンターに4人で座りました。
さて、僕は初めて一緒にメシを食うので彼のホントのところは分からない。なんたって生の魚です、人によっては一生口にすることがないような食べ物です。オーダーは先ずは無難なところからとも考えましたが、思い切って、しかしこれも日本を代表する味ともいえる納豆巻きから頼んだ。
普通はやらない、日本人同士だと最初に納豆巻きはない、いかにも無粋だし、順番としては間違っていて邪道であることは承知している、しかし敢えて納豆巻き。
彼、すんなりOK。美味しい、美味しいですって。
あ、そう。そうなの、じゃーあとは勝手に頼んで、このメニューから。
ということで四人はめいめいで頼み始めた。ただ、ここで僕のお節介が発動した。
鮨は手でつまむのがグッドマナーよと持論展開
僕はお鮨は基本的に手でつまんでいただく。
それが一般的でないことは承知しているけれどインドの人がある種のリスペクト的感覚からカレーを手づかみで食べるように、僕も手でいただく。
D君はその僕の様子を見てどうも躊躇している様子、何か言いたそうな様子。
察しの良い僕は、「そう、鮨は手で食べるべきなんだよ、それが日本ではグッドマナーです!」と宣言してあげた。
素直な彼は、好青年の彼は僕の真似をして鮨に手を伸ばし小皿の醤油をつけ自分の口に持っていった。だけど、どうにもぎこちないし、なんか動きがおかしい、肘の動きが半回転おかしい。
初めてだもん、それは仕方ないよね。
だけど、2,3回やっているうちにすぐに様になってきたし、その間、どうして鮨は手でつままなきゃいけないかを持論と言っていいんだけど講釈しているうちに、彼もその意味が分かってきたようで、納得すると動きはよりスムーズになってきた。
その様子を見ているうちに、D君は会社にも関係のある人なんで、他のメンバーへの紹介を兼ねて彼のグッドマナーをムービーで社内スラックに投稿した。
すると、或るメンバーからDさんって素直な方ですね、他国の文化をすぐに受け入れる方って良いですねとコメント。別のメンバーからは鮨を手でつまむのが職人へのリスペクトとは知らなかったとコメントがあったので、俄然、僕は状況を細かく説明したくなったのが次のとおりです。
ちょっとややこしい文の構成になってますがご容赦を。ここからは社内Slackでの会話です。
ここからは社内Slack会話
アリャマくん 、ほんまですか。ザウルスもも一つ状況分かっていない感じがするので、よっしゃ丁寧に説明させてもらいます。
えっとね、これは一緒に食ってたポン酢くんも知ってたよ、Dくんも半分ぐらい知ってた本当は手で食べたほうがいいんだってね。
彼の 友達の外国人で日本文化に通じてる方がいるそうなんだけどその人も必ず手で食べるって言ってた。
だけど彼はその理由は知らなかったんです。
だから動画撮る前にうんと解説しましたよ。
そうしないとやらされている感じになるからね。
彼は居合をやってたからね、居合と一緒だよってほんとにこれは日本の文化なんだって。
命をいただくってこと、そのことに対するマナー、礼儀なんだよって。
先ずね、技術的には鮨の握り方って何種類かありますよね流派みたいなもんかな。
握ってる職人の手元を見てると僕はそれを説明はできないけど違うなっていうのはわかる。
回転寿司とかでも機械じゃなくて人が握ってるところもあるけど、そういうとことかカウンターのお店とか、
或いは新しいお店と古いお店とか職人さんそれぞれ握り方違うなぁってね。
理由1.鮨はとてもデリケートだから
どんな食べ物でも基本は一緒だけど、美味しいものは中にできるだけ空気を含ませるよね。
外はパリッと、中はフワッとってのが美味しい料理の基本。
和食に限らず洋食でも美味しいハンバーグとかもさ、外はカリッと中はジューシーとだよね。
にぎり鮨も全く同じ。
米粒と米粒の間にできるだけ空気を含ませながらしっかりにぎる、だけど米自体はつぶさない。
空気を含ませながらなおかつ壊れないように握っていくこれがプロですよね。
ただそれだけじゃなくって、握りずし問題はその上にネタを乗っけるのでより重層的です。マグロなんかそうだけどめちゃくちゃ重たいよね。そんなのが一番上に乗っかるわけ、そうするとせっかくふわっとしたにぎりを作ったのにその上に重たいネタを乗っけるわけだから一瞬で潰れるわけですよ。
だから握った職人としては客の前に出したらすぐに食べてほしいはず。
もうにぎり立てが完成品なわけだからね。
よく寿司屋で見かける光景として、ハチマキ巻いたお兄さんが客の注文に応じて、カウンターにはいどうぞって出してくれたのを、客がおしゃべりに夢中でそれをしばらく放置、やっと気づいたかと思うと、箸でつまんでしゃりに醤油をたっぷりつけて食べてたりする。
そういう光景見てると職人がかわいそうだなと僕は思います。
そうやって、空気をふくませたとても壊れやすい状態のものなので、とてもそれを箸でつまむってできないんです。
そもそもができないんです。
それをみこして機械とかで堅めににぎったやつはいけますよ、箸でもっても壊れないように崩れないように握ってあるのでね。
だけど通常は箸で持つと壊れます。
だから素手で持たなきゃ持てないんですそもそもが。
そういう箸では持てない今にも崩れそうな鮨を手でつまんで口にいれてごらんなさいよ。
それは。一瞬にして口の中ではらりとほどけ、ネタとからみ、醤油とわさびの香りが口中から鼻中に抜けていくその一瞬、そこに鮨の旨さはあるのだと思います。
理由2.鮨と醤油の関係
ちょっと寄り道したけど、お鮨を箸にしろ手にしろつまんだら、次に、そのにぎりをお醤油につけなきゃいけないよね。
シャリにお醤油つけちゃダメっていうのはわかるかな?
ご法度です。
お鮨の手前のお刺身見てくれたらわかるけど、お刺身は醤油につけるけどご飯を醤油につけるなんてことないでしょう。
お鮨も同じで、ネタには醤油をつけるけどもシャリにつけちゃダメなんだよね。
シャリとネタは素性が全く別だよね、ネタの生臭さとかには醤油の香りを乗っける必要があるけど、シャリはそもそもが香りはあっても臭いはないのでそこに醤油をつけちゃだめだよね。
見た目も美しくない。
その一連の動作をお箸でやるの大変でしょ?
ネタにお醤油つけるためには鮨をひっくり返さなきゃいけないけど、それを箸を使ってやろうとするとどうなる。ネタとシャリを挟み込むような形でつままないとネタに醤油つけること不可能だよね。
その瞬間にあれだけ職人さんが大事に大事に真心込めて握ったシャリはつぶされるわけさ。或いは肘を返すのがめんどくさい客はシャリに醤油をつけちゃうんです。
とてももったいない食べ方ですね、醤油の味がシャリに染み込んじゃってお鮨ではなくなります。
手で持ったらどうですか?
Dくんが動画の中で挑戦してくれてるけどもネタにだけ醤油をつけやすくなるよね。
彼も最初はそれが分からずに動画撮る前に何回か練習してます。
なぜ、お鮨は手で摘んだほうがいいのか。ここまでの説明で、それは形を崩さないため、お醤油を付けやすくするための二つの合理的な理由からだって分かったもらえたかと思います。
理由3.所作の美しさ
あともう2点、感性的な理由があります。
一つ目は見た目の美しさです。
先ず、職人が鮨を手で握って一貫カウンターに置いてくれますよね、それを手でつまむとそこには一連の美しいフォーメーションができ上がってないでしょうか。
職人が握ってすぐにさっと置く、崩れないように気をつけながらさっと置くやいなや目の前の客がそれをさっと指でつまんで口にいれる。
一連の動作は、バレーボールで言うなら、強烈なスパイクをレシーブし、トスを上げ、アタック!
この一連の美しい動作がカウンター越しに起きているかのようなものです。それを箸でやったとしたらどうにももっさいんです。
ご存じのように江戸前の鮨は元々が屋台で提供されていました。だから立ち食いですよね。ふらりとやってきた客は主人が握った鮨を置いた先から口に入れ、勘定いくらだい、ここに置いとくぜありがとよと風のように去っていく、これが江戸の粋であり風情だったかと思います。箸でつまんでいてはこの風情はでません。
お店って職人やお店だけが作るものじゃないよね、
お客と職人とお店とが一体になって作るものじゃん。
フォーメーションが大切でしょ?
理由4.命をいただくのだから
最後になるけども食べるという行為は命をいただくという行為だからです。
職人は魚の加工って全くしてないよね、包丁を入れてるだけなんだよ。必要最小限の仕事だけをやる。
包丁入れるつまり命をそこでさばいてる。
さばいた命はすぐにいただかないと失礼なんじゃない。
だからこれは居合いに通じるんですよ。
こういうことをDくんに説明したら彼は興味深げに面白がってはいたけど正直なところわかってくれたよ。
文化に対する理解は深いと思いました。
これがわかる外国人とそうじゃない人っていうのは何人か見ていますよ。
これらの理由は、屁理屈と主観だけじゃんと思われているでしょうね。ここまで書いたところで少し気になって、Webで調べてみたの、”鮨は手で食べる、箸で食べる?”って。すると予想通りどちらも正しいとでてきますね。相手の上梓や客が手でつまめば手で、箸なら箸をつかうほうが良いというページも出てくるしまつ。それ鮨じゃなくてもええやーん、相手に合わせてるだけやーんと思えてきますがそんなものか。恐らくチャッピーくんに聞いても同じような答えでしょうね。
お橋は便利ですよ、手も汚れないしね、遠くにも届くしね、周りの目も気にしなくて済むしね。
でもね、素手でにぎってくれたものは素手でいただく、なーんかそれが良いんだけどね。
ただ、世の中的にはもう素手でにぎる文化は風前の灯火だし、理由4つも上げても説得力はないかな。