写心

ニューサイラン(carnation):花言葉は”素直”
この花の読み方がふるってます。
なんでもこの花の原産地はラグビー世界最強オールブラックスを有するニュージーランドなんだそうです。そしてその国を漢字で表すと”新西蘭”なんとも美しい漢字です。ニューを新と当てて、西蘭でジーランと発音させるのでしょうか。
そしてそして、それを花の名前に持ってくるときには、新だけをニューと発音させ、他はサイランと音読みにし、それをくっつけて”ニューサイラン”
肝心の花言葉は、すらっと真っ直ぐに伸びたその姿から、「素直」。
スラッ!真っ直ぐ!ってのが花でも人間でも素直を表しますね。

写真は写心ではないかと思う。

昔と違って、写真は誰でも撮れてしまうのが今です。

一昔前は(それより前は分かりません)、フィルム時代は結構大変でした。オートフォーカスなんてなかったのでピントを合わせるのが先ず大変。シャッター押せばそれだけで写真が撮れるなんてことはなかった。そして、ピントはあったとしてもシャッターを押せばそれは銀塩フィルムに焼き付けられて、現像処理をして、それを印画紙に焼き付けないとその目で鑑賞することはできなかった。時代にもよるが、シャッターを押してから早くても翌日まで、約一日、二日はかかっていた。デジタルではないので一回焼いたら元には戻らない。フィルム一本で36枚が限界。時間も費用も掛かったのが写真でした。

限られた人しか撮れなかったので、それなりに選ばれた人だけが写真を撮っていた。だから彼ら選ばれたとして技術も有していた。

しかし、今は違いますね。誰でもスマホをさっと撮りだして直ぐに撮れてしまう。

そんなに簡単に撮れるようになった今ではあるけれど、そうであるだけに、技術以外の要素が写真の出来の善し悪しを左右するようになったようです。

”一歩踏み込んだ写真”

これが良い写真のように思います。そして、一歩踏み込めるかどうかは、その時の自分の心次第。

心が前に行きたいと思うのか、もっと後ろにいたいと思うのか、それ次第で足が一歩前に行く。

だから、そこには自分の心が写っているって感じるんです。

一歩踏み込むのは、そこに近づきたいという衝動のようなもの。衝動に突き動かされたものは何かしらこっちにも伝わってくるものがあります。

そして、その衝動、つまり楽しい気持ちは被写体にも伝わっていくので、時に笑顔を時に驚きの表情を与えてくれます。

そんなこんなで、できる営業マンは写真撮るのががうまい。これ、僕の持論です。

彼らは被写体の気持ちに入っていきますから。

株式会社Dai 代表取締役 木脇和政

 

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