嘘をついちゃう人、つけない人、つかない人。

クルクマ・シャローム(Siam tulip):花言葉は、ずばり”忍耐”。つい嘘をついちゃうのは耐えられないから、その状況に耐えることができず、なんとか逃げ出したくて犯してしまう。
忍耐、耐えることだと思う。どう思われたって良いんだ、耐えるんだ。

嘘ってダメなんだけど、嘘にも色々あります。

嘘は、一般的には身を守るためのもの。その場を一時的に取り繕うものですね。

この嘘について、3タイプあるかなと。

つい嘘をついちゃう人、どうしても嘘をつけない人、そして嘘をつかない人。

つい嘘をついちゃう人は自分の身を守りたい、何とかここを嘘をついてでも逃れたいという心の現れですね。この嘘は言い訳と同義でしょう。これは勇気をもって真実を言うのが恐いというタイプ。

そして、世の中には嘘をつけない人もいたりします。この方々は概ね、嘘はいけない、嘘をつくことは道徳に反するとかっておっしゃいます。なので、普段は嘘をついている人を見ると恐ろしく糾弾したりします。

しかし、よくよく見ているとこれは同根でしょう。嘘をつけない人はばれるのが恐くてつけないのです。世の中にはどうしても嘘をつかなければならない場面があります。
世の中とはそういうものです。
そこで自分を守る為につく嘘は言い訳ですが、自分以外の者、大切な人や社会のためにどうしても嘘をつかなければならない場面があります。自分が嘘をつくことで守って上げることができる場面があります。
しかし、嘘は嘘なのでそれが表に出た場合には糾弾されます。
嘘をつけない人はそれが恐くてできない。
なのでこのタイプは間違ってもリーダーにはなれない。
偉そうに言っちゃいますが、自分をよく見せようとして嘘をついちゃう人、ばれるのが恐くて嘘をつけない人の心は同根。つまりは勇気が欠如しているだけです。

嘘をついちゃう人も、嘘も付けない人も何かを守ってる。それは自分の地位であったり、財産であったり、その場であったり。だけど多いのが自尊心、小さな小さなプライド。この小さな小さなプライドを守りたくて嘘をつき、壊れるのが恐くて嘘がつけない。

嘘をつかない人。これは違う。

同じ嘘でも全く違う。

嘘をつかない人でも嘘をつくかもしれない。しかし、それは次元が違う。僕はそういう人にだったら嘘をつかれても良いかな。

株式会社Dai 代表取締役 木脇和政

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