「ゆりかごから墓場まで」、今は遠い。

二冊の世界史B
左のいかにも古めかしい一冊は1988年発行。そして新し目は2021とつい最近の発行です。
その間33年。色々変わっていて当然ですね。
久しぶりに目を通して気づいたのは古めの一冊の著者が「江上波夫」だったこと。
「騎馬民族征服王朝説」はその後現れては消え現れては消えを繰り返し、今はもうあまり表に出ることはないように思いますが
そんな人が高校の教科書に名前を連ねていたのかと思うと感慨ひとしおです。

AL:ハニワくんー日経新聞記事ピック:2024/2/29/Thu. 【P1総合面】 ツルハ・ウエルシア統合へ・2024/2/29/Thu. 【P2総合1面】 EV変調 世界に広がる

目次

「ゆりかごから墓場まで」、今は遠い。

アサカイ記事ピック2本

今日の朝会はこの2本の記事でしたが、ここに至るまでに1時間10分が経過してしまっていて、ハニワ君がこの記事ピックに時間を割くことができたのはわずか3分程度でした。
個人的には辛いなぁ。
なかなか話すことが毎朝毎朝もりもりで、 仕方ないなぁとはおもいつつも、これだけ毎日アサカイが盛り上がるのは皆さんが積極的に話しを証拠だし、その内容も深まっているからこそなんだけど、辛いなぁ、記事ピックの時間がなくなってしまうのは。

さて、では、ハニワくんがどうしてこの記事をピックしたのか、その理由だけは終わる寸前に大慌てで尋ねました。理由が分からないと記事にしようがないですからね。
1本目に関してはドラッグ業界1位と2位が統合するってどういうことなんだろうという先ずは素朴な疑問。それをみんなに聞いてみたかったということ。
次に2本めのEVに関しては、この前も別のメンバーからの記事ピックにオーストラリアのバッテリーメーカーの輸出が滞ってるけどその理由はなんだろうって疑問があげられていたのでそれに絡めてとのことでした。

いずれも興味深い記事ですね。
とくに2本目の記事は見出しだけ見るとEV化って予想以上に難しいのねって感じですが、本文を読むと米アップルが電気自動車(EV)の開発計画を中止と書かれていて、その理由がEV開発の予想外の困難さもあるが生成に開発をシフトさせていたかなければならないからとありました。こっちのほうがでかいなと思われました。
実際、このブログでも時々AIのことは取り上げますが、その時アップルの名前は全然上がりません。そのうちくるんだろう、次期iPhoneにはしらーっと搭載されるんだろうと思っていましたがさっぱりです。
株価の世界では、困難なEVよりもAI開発のほうが影響は大きいようですね。
こうなってくると、わが日本のトヨタ、時価総額で唯一世界ランキングのどこかに入っているトヨタもまだまだ戦えるというか彼らのEV戦略は間違ってなかったとも言えるようでここももっと考えたいところです。

記事ピック以外のお話

が、しかしその手前の70分です。
いったい私たちは何を話していたのか。

その新聞ピックに至るまでの70分間いったい私たちは何を話してたんだろうと手元のメモを見ると今度の橿原GM()のことでした。奈良県の橿原で4月中旬に開催される予定ですが、そこで行われるは、いつものような会計勉強会で良いのか、今のままでいいのか、果たして勉強会という呼称はふさわしいんだろうかという議論でした。
次にあったのは、仙台の企業訪問に関してのメンバーからの報告でした。このお話にでてきたある言葉に驚き、後述sるようについつい私が広げてしまいました。
最後は私たちが応援しているVC長野さんについて。
週末私たちのメンバーの一人が応援に行ってくれるという話と、それと絡んでアスリートとそのリタイヤについて面談してきたメンバーがその内容を話し始めました。
 ー絡むこと、つまりは流れです。これはとても重要と考えますがこの結果話は長くなります。そのため多くの会議では流れを作らないように箇条書き的な報告っぽい発言になりますね。これは合理的なんですが個々の想像力を喚起させ、話を活発化させるという意味では逆に作用するように思います。

GMについて、仙台の企業さん訪問、バレー応援、アスリートリタイア問題。これだけ書くとどうしてこれに70分も費やしたんだと思われそうですが、それをうまく表現できないのは私の力の弱さ、メモの拙さ、そして表現力不足から来るもので、今思い返しても決して無駄話をしたわけではなかったように思います。

ゆりかごから墓場まで

今回この記事でメインに取り上げたいのは タイトルにもある通り「ゆりかごから墓場まで」が報告の中に出てきてそこで考えたことについてです。
この言葉が仙台に企業訪問したメンバーの口から飛び出してきたので、あれ?ずいぶんと懐かしいフレーズを使うもんだなぁと感心したんです。
私ほど古い人かあるいは大学で政治・経済とか専攻した人しかしらないだろうと思ったのです。
或いはあるいは、これはうれしいことだけど新聞読むのが大好きで知らない単語があればすぐに調べたりする人ぐらいです。
なので、そのフレーズの背景を朝会に参加しているメンバーは果たして知ってるのかなって疑問がありました。
メンバーの報告が終わってから、君たちはこの「ゆりかごから墓場まで」ってことば知ってるの?
知ってる人、手を上げてくんない?

”手を挙げる”
テレワーク下でこうやって身体動作に関することばを発することはとても大事だと思っています。僕らの日々の業務はほぼ頭と肘から先を使うだけだからです。
こういった挙手の動作もだけでアイコン表示できてしまいますから、実際に手を上げるのは面倒と感じる人もいるでしょうし、それに慣れてくると実際に手を上げることに少し恥ずかしさとか躊躇さが生み出されてきます。
お互いに相手に見えているのも肩から上だけ、人によっては鼻から上だけだったりします。それでも機能的には良いのですが、これに慣れるのは恐いです。
実際、会社に出社してたらそんな首から上だけのコミュニケーションなんてことはないですよね、立ち話してるときには体全体が動いていて、それがとても重要なノンバーバルコミュニケーションを生み出してます。がとても大切なのは言うまでもないので、私は機を見ては相手に体を動かしてもらうようにしています。
仙台の企業さんを訪問させていただいたメンバーからも口をついて出たのは決まってリアルの大切さ面白さでした。
その日は勉強会があり、その後は懇親会も開かれたようなのでその思いはひとしおだったかと思います。
しかし、私たちは”出社を前提としないはたらき方”を選択しました。その中でどうやって戦っていくのか、メンバー全員で考えていかねばとこういう機会があると余計に考えさせられます。

誰も知らない

案の定、全く手は上がりませんでした。

まずい、これはまずい。知ってて手を挙げなかった人もいるだろうけどほぼ全員というのはまずいのではと思い、では、「サッチャリズム」は?「新自由主義経済」は?矢継ぎ早に聞いたがどうもこれらも怪しい。
慌てて部屋の本棚から二冊の本というか教科書を取り出して皆さんにカメラ越しに見せたのが日本人のほとんどが各世代を通じてお世話になったであろう山川出版の「世界史B」。
文系であれば高2か高3でお世話になってるはず。もちろん、昔も今もそうだろうけど世界史において近現代史は入試の対象にならないので「世界史A」の授業でもないかぎり「ゆりかごから墓場まで」は出てこないだろうなと想像はします。
ただ、そういった知識うんぬんよりも彼らも久々に教科書の香りをかぎたくなったんじゃないかなって思って索引からたどっていきました。そして、ばーんとカメラの前に。
そこで出てきたのは「新自由主義的改革を提唱したアメリカ大統領令、イギリスサッチャー政権、西ドイツコール政権、そして日本の中曽根康弘自民党政権による国営企業の民営化や規制緩和」でした。
1980年代から始まる「ゆりかごから墓場まで」に対する揺り戻し改革ですね。
この「ゆりかごから墓場まで」という文言は教科書にはありませんでしたが、結局この新自由主義的改革がイギリスのサッチャー政権で生まれたのは、イギリスで始まった福祉政策によるの蔓延 に対してのものでしたから、普通にこれを授業でやっていれば、とり上げられたフレーズだと思います。
実際、その日のDLCにはなんかどこかで聞いた気がするなーと書いてくれていたメンバーもいました。

しかし私たちは別に学校の授業をアサカイでやりたいわけではないですし、そこではありません。

歴史に学ぶって手軽だし良いと思う

国家も会社も同じように人で構成された組織だし、組織であればそこにお金は欠かせないし、そのお金の稼ぎ方、分配の仕方はガバナンス思想によって大きく変化します。あのとき、国家としての英国政府がとった「ゆりかごから墓場まで」という高福祉政策。それが生まれた背景やその後の歴史を学ぶことは会社組織においても大いに参考になると思うのです。
会社組織のあり方をみんなで考える上でも勉強になると思ったのであえて時間をとって話しました。

さて、当時の英国で何が起きたのか極端に大げさに表現してみます。以下はあくまで個人的解釈です、あしからず。

ゆりかごから墓場までを国家が面倒をみるという高福祉社会を英国は目指しましたがその結果、働かなくても最低限の生活はできてしまうので誰も働かなくなってしまった。つまり勤労意欲が失せた。
これは別の社会実験でもありますが、ソ連邦を代表とする社会主義諸国が崩壊していったのも似たような側面かなと思います。こちらの崩壊要因は非現実的な平等思想がこちらでも勤労意欲を減退させました。
とそれだけなら良いのだけど、英国においては給料もっとよこせと労働争議までが頻発しはじめました。
政府としては福祉を手厚くしたら安心して働いてくれるんじゃないかと思ったけど現実は全く逆に作用したわけです。
多くの企業を国営化していたので、適正な競争が起きず解雇もできず国の支出は増大するばかり。
労働争議頻発で工場はまともに稼働できず英国からの工業製品輸出は減少を続けた。
その結果イギリスは財政面で国際支援を仰がなければいけないぐらい疲弊していきました。
いわゆる「英国病」と各国からは揶揄される始末です。
そこに現れたのが鉄の女と言われるマーガレット・サッチャーです。
「鉄の女」という愛称が全てを表わしていますが、彼女の政策は今までの大きな政府からへの転換でした。
彼女の作った歴史は今でも続いていますし、彼女の強いたレールに日本もその上に乗っかっているといえるでしょう。
サッチャリズムと言われる政策が正解だったのかどうかは分かりません。歴史がそれに回答するにはもう少し時間がかかりそうです。
ただこのイギリスのゆりかごから墓場までは社会学的な実験としてはとても有用で、人は権利を与えられたらますます権利を欲するんだというのは一面の真理のように思います。
そしてその個々の主張は国全体を弱体化させ、それが回り回って自分の権利を脅かすことにつながっていき、人々はより権利を主張するという負のスパイラルが見事に発生しました。
これがもっとエスカレートすると民主主義は立ち行かなくなり専制君主的なものが現れ、対外戦争が起きたりするのが歴史の流れのように思います。
英国はもちろんそこまではいかず、その手前で踏みとどまり民主主義国家を維持しました。(ちょっと大げさに表現してます)

結局、信頼しかない

なぜ、英国病と言われるまでになったのか。
いきなり結論めきますが信頼の欠如だったのではと思います。
国民は政府を信頼せず与えられた権利を最大限行使しようとしました。それに対して政府はその場しのぎ的にない袖を振りながら政権を維持しようとします。本当は国民に痛みを背負わせなきゃいけないのにそれは先送りする。つまりはここでも政府は国民を信頼していなかった。
もう一つの原因は英国特有の階級社会、階級意識もそれに拍車をかけたように思います。階級によって国民が分断されそもそも未来に対する信頼の醸成が難しかったという土壌もあったように思います。
国民と政府が英国の栄光を取り戻すには、お互いに切磋琢磨し合いながら自助努力をする必要があったのにそれがどこかのタイミングで失われていきました。

今、日本も確定申告の時期だというのにつまり納税行為に日本国民全体が目を向ける時期だと言うのに、政治資金パーティーをめぐる問題はどこに行くのでしょうか。政治倫理審査会が開かれていますが、その開催もすんなりいかないし、答弁をみていてもどうもすっきりしません。これでは国民と政府の間に信頼は失われるばかりです。

信頼、国家も会社も同じですね、これが失われたら終わりです。みんな墓場いきです。

今回、ヘッダーに使ったのは同じ山川出版の世界史でも一冊は1988年発行でもう一冊は2021年発行のものです。会社にはどうしようもなくジェネレーションギャップが存在します。自分の常識が相手の非常識、相手の常識が自分の非常識であることなどしょっちゅうです。こういった世界史の認識にも違うなーっておもわせられるのがあったのでメルカリで手に入れました。
これは助かります。
購入前に出品者さんとやりとりができるので、そちらの本の発行年はいつですかと質問することができます。新しい本は何も問題ないのですが、古いのは発行年が重要なのでそれが確認できるのはとてもありがたいですね。
テレビドラマ「不適切にもほどがある!」がそこそこの人気だってのもうなずけます。私はドラマは苦手なので見ていないけどこの手の世代間ギャップ物語は昔からあるように思います。
中高年が若者の言動を理解できず、しかし自分の価値観からいったらどうしても自分たちが正しい、しかし下の世代を理解しなければ彼らを導くのが自分たちに課された仕事なのだと苦しむのできっとこのドラマを見ているのも昭和世代の人たちでしょうね。というところでますますギャップは広がるのでした。

AIトリオに聞いてみた

シュワッチ

ここでいつものようにLLM(大規模言語モデル) AIトリオに質問してみましょう。

シュワッチ

チャッピーくん、蔵人くん、二子くん、国家と会社組織は人によって作られている組織であるという意味で似た存在ではないかと思います。そう仮定した場合何が似ていて何が違うでしょうか。 中学生でもわかるように説明してください。

ChatGPT4

国家と会社組織は、人が集まって作った組織という点で似ています。でも、彼らの目的ややり方には大きな違いがあります。
似ている点は、どちらも人々が集まって目標を達成しようとする組織であることです。ルールを決めて、そのルールに従って動きます。
違う点は、国家は人々の生活を守り、幸せを目指すためにあるけれど、会社は商品やサービスを売ってお金を稼ぐことが目的です。国家は全ての人に関わるけれど、会社はその会社に関わる人たちに限られます。
簡単に言うと、国家はみんなのためにある大きな「家」のようなもので、会社はお金を稼ぐための「お店」のようなものです。

国家と会社組織の共通点はともに「人が集まって作った組織」であることです。
例えば、 国家はクラスに例えられます。生徒(国民)が集まり、先生(政府)が授業(国家運営)を行います。
一方で会社はサッカーチームに例えられます。選手(社員)が集まり、監督(経営者)が指示して試合(ビジネス)を行います。
違いは、国家は国民全体の幸せを考えるのに対し、会社は利益追求を目的とする点です。
また、国家は強制力がある一方で、会社は社員の自由意思に基づいています。
このように基本的な構造は似ていますが、目的と権力に違いがあります。

国家と会社組織は、人によって作られた組織という共通点を持つ一方、国家は国民の安全を守るという広い目的を持ち、法律によって国民にルールを守らせる強制力を持つ一方、会社組織は利益追求という特定の目的を持ち、社員の加入・退職は自由で、倒産によって解散することもあります。
例:
国家: 学校 生徒: 国民
先生: 政府
ルール: 校則
目的: 生徒の学習と成長を守る
会社組織: サッカーチーム 選手: 社員
監督: 社長
ルール: チームのルール
目的: 試合に勝つ
このように、国家と会社組織は、似ている点がある一方で、多くの違いも存在します。それぞれの組織の特徴を理解することで、社会の仕組みをより深く理解することができます。

シュワッチ

国家や会社組織の発展にとって欠かせないものは何でしょうか。 一言でお願いします。

ChatGPT4

協力

信頼

Gemini Advanced

国家: 人材 会社組織: イノベーション

シュワッチ

理由は何でしょうか、手短に

ChatGPT4

国家や会社組織の発展にとって「協力」が欠かせない理由は、個々の人々や部署が互いに協力し合うことで、共通の目標に向かって効率的に進むことができるからです。協力により、リソースを最適に活用し、問題を解決し、イノベーションを促進することが可能になります。これにより、組織全体の成長と発展が促されます。

国家や会社組織が発展していくためには、構成メンバー間の信頼関係が欠かせません。
国民と政府、社員と経営者が信頼し合っていなければ、組織の政策や戦略が機能しません。
また、組織内部や外部のステークホルダーとの信頼関係も、資源の円滑な流通や協力関係の構築に不可欠です。
ですので、信頼こそが国家や会社の発展にとっての基盤であると言えるでしょう。

Gemini Advanced

国家や会社組織は、人材によって運営され、発展していくからです。優秀な人材は、組織の戦略を実行し、目標を達成するために必要な知識、スキル、経験を持っています。
国家にとって、人材とは、政治家、官僚、外交官、軍人、教師、科学者、医師など、様々な分野で活躍する人々です。これらの 人材がそれぞれの役割を果たすことで、国家は運営され、発展していきます。
会社組織にとって、人材とは、経営者、管理職、営業職、技術職、事務職など、様々な職務を担う人々です。これらの 人材が力を合わせて働くことで、会社組織は目標を達成し、成長していきます。
国家と会社組織は、人材の育成と確保に常に力を注ぐ必要があります。優秀な人材を惹きつけ、能力を最大限に発揮できる環境を整えることが、国家と会社組織の繁栄にとって不可欠です。

シュワッチ

うーん、いずれも正しいような。
信頼がなければ国家も会社組織も運営のしようがない。その信頼で何が生まれるかというと協力。そしてその協力を生むためには信頼できるような人材が必要。
いずれも正しいけども、どこの部分から切り取るかっていうことで答えが違ってくる。面白いですね。

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