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ってなんだろう?

シンピジウム:華やかな恋、ケイトウ:色あせぬ恋 シンフォリカルボス:献身的な愛、テマリソウ:純粋な愛。
恋にも愛にも色々あるなー。

会社ってなんだろう、働くってなんだろう、生きるってなんだろう……。

考えてもそこに答えはないことは分かってる。

この宇宙は凡そ137億年前、ビッグバンという現象によってただの一点だったものがビッグバン、大爆発を起こし、その時に空間と時間が生まれ、それから膨張に膨張を重ね今の宇宙が形成され、その時間の流れのどこかで銀河が誕生し、そして人類が生まれたとされている。

だけど、そこまでは科学的知見として分かったとしても、では、そのビッグバンの前はどうっだのかというとこれは誰にもわからない。

それは、神が作りたもうたのだよと宗教的境地に至らない限り、わからない。
永久に答えはわからない、

僕たちは今こうやって存在しているけど、それがどんな目的でいつ生まれたのか分からない。

人はどこまでいっても自分自身がどこから来たのか分からないのだから、生きることの意味を問うことは意味のないことかもしれない。

だけど、考え続けることで近づくことはできるような気がする。

愛とは何かは愛する人がそこにいて初めて分かるように、
仕事とは何かは仕事を通してでしかわからない。

愛する人にぶつかっていき、仕事にぶつかっていき、そして、ぶつかっていって、はじき返されて、失敗していかないと分からないし、近づくこともできない。

そうやって失敗しながらでも、そこにあるのは何だろう、それを考えている自分は何だろうと考え続けることで、人にはある種の共感にも似た心が芽生えるような気がする、育まれる気がする、いや、見えてくると言った方がいいかもしれない。

なぜなら、それを知れば知るほど、近づけば近づくほど、切なくて愛おしいものと思えてくるから。

当社にエンジニアのたまごが入社してきた。
元教師というあまりない前職。

しかし、彼が、学校とは何なのか、教師とは何なのか、教えるとは何なのかを真剣に考えてきたであろうことは面接の場で伝わってきた。

楽しみだ。

さー、これからは会社とは何かをプログラムを通じて考えてくれ。

株式会社Dai 代表取締役 木脇和政

”教養とは?” 分かりやすく簡潔に。

プロテアビーナス:花言葉は ギリシャ神話に登場する自由に思いのままに自分の姿を変えることができる プロテウス神からとられているとのこと 。海の神ポセイドンとかと関係あるらしいけど詳しくはよく知りません。
そして南アフリカ共和国の国花だということで、これは確か。
花言葉は、この二つの由来から、”自由”そして、見た目から国花と呼べるほどの見た目から、”威厳ある風格”という二つらしい。
で、この写真大きく拡大してみたら、真ん中にもやがかかっていて何となく137億年前に起きたビッグバン直後の宇宙の風景に似ていなくもないですね。

教養を磨け、教養力を高めろ、教養がなければ質の高い仕事はできないんだよと僕は会社でよく口にします。

世間でも同じようなことを仰るような方がいらっしゃるような気がしますし、歴史的にも正しいような気がしますし、歴史が正しければそれは明るい未来を担保する何かだと言って良いんではないかと思っています。

さて、自分に教養があるとかどうとかはこの際おいておいて、やはり言い続けてます。なので、その理由とか意味とか何度か書いたりしてるんですが、どうも分かりにくいという感じがしないでもないです。

疑問1.教養ってそもそも何?

疑問2.教養がないとどうして質の高い仕事はできないの?

これらの疑問に対する答え、つまり教養とは?に対する定義は自分なりにはできていました、割と具体的に。だけど、確証がなかった。それを議論する相手、それについてお尋ねすべき相手が見つからず、ずっとあたためてきました。しかし、先日の昼間、非常に人格的にも素晴らしく、学識、ご経験ともに優れた方とお話しする機会をいただき、やっと自分の考えを披露させていただいたところ、なるほどそれは面白いですねと賛同いただいたのでついにここで披露します。

ちょっと、もったいぶってますね。だけど、その日は本当にそれぐらいの一日だったのです。

教養と似て非なるものに知識がありまますが、これと比較することで明確になるのです。

例えば、この宇宙はビッグバン以来137億年を経過しているわけですが、これは観測結果からほぼ科学的に事実とされています。その137億年前の宇宙開闢後一瞬にして素粒子が誕生し、原子、電子、中性子が生まれ、重力が発生し、どういうわけかタンパク質が合成され、命の源が誕生した(ここら辺はむちゃくちゃいい加減です。単語の羅列です。ちゃんと調べるべきと思いますがご容赦ください。言いたいことはここではないので。)

さて、この一文に出てきた、”ビッグバン”という単語、”137億年”という数字、原子、電子、中性子などの単語いずれもこれは知識です。

しかし、このビッグバンという無から有が生じると言う概念や、無機物から有機物ができてしまったという現象、137億年という凡そ人類が経験することのない年月をどう感じるかは人それぞれです。

日常生活を送ったり、一般的な会社で業務を遂行するには、あってもなくても良いような知識です。

そうであるが故に、137億年という人類の歴史を知ったときに、ここに価値を感じ、今後の人類の未来に思いを馳せ、だからこそ命は大切にしなければならないのだ、地球は大切なのだと考える力が教養力。

そこで自分がとれる行動として、会社、仕事を通じて社会に貢献し、人類の歴史を少しでも明るいものにしたいと思えば、それは単なる知識から教養になっていると思います。

つまり、知識も教養も単に文字列だけを見れば同じもの。その文字列をどう捉えるかという心の状態によりそれは、知識にも教養にもなりうるのではないかと或る日突然思ったわけでした。

疑問2.教養がないとどうして質の高い仕事はできないの?
時間がなくなりました。続きは後ほど…。
株式会社Dai 代表取締役 木脇和政