ロシアワールドカップ。
ニッポンは他会場での試合の様子を見ながら、フェアープレー得点ではセネガルを上回っているという情報もあり、無理に勝ちに行くことはせず、後半の終了15分程前から、自陣でボールを回し始めた。
結果は、西野監督の読み通り。
2大会振りの決勝ラウンド進出を決めた。下馬評ではグループリーグ最下位のチームが並み居る強豪の中で2位通過。天晴れとも言って良いだろう。マスコミはその判断を全て褒め称える。
だけど、なぜか釈然としない。釈然としない人も多いだろうが、これは違うのではないかとも思う。
勝負だから、勝利が全て、ルールには則っているからというのが多くの意見。西野監督を名将とたたえる。
だけど、だけど、日本サッカーの歴史からみたらどうなんだろう。5年後10年後、この試合を見た若い子が今度はピッチに立つ。
同じ考え方で戦われたら嫌だ。
勝負だから、勝利が全て、ルールには則っているからの大元には、その前提には、「正々堂々と戦う」という、ルールブックには掲載されていない、心のルールブックがあるんじゃないかと思う。
目の前の勝利のために、これが犠牲になってはいけないと思う。
僕が欠席した社内の朝会(あさかい)でこれが話題になっていると知りコメントした。今度はFIFAランク3位のベルギー戦。