男性の育休(育児休暇)制度必要ですか?

日本海の夕陽を眺めるメンバーの愛犬モコとマメ

まぁ、聞いてください。

男性の育休必要ですかなんて言うと今のご時世四方八方から罵声浴びせられそうだし、袋叩きにもあいそうです。あなたは女性の子育ての大変さがわかってるの?あなたは子育てなんてしたことないんじゃないの?と問い詰められること間違いありません。

実はわかりすぎるほどわかっているつもりです。

これは、として必要なのかなんですよね、なんかこれみよがしなタイトルにしちゃいました、すみません。
とまれ、本題です。

今の子育ては、世帯人数も少なく実家も遠ければ、その重荷はお母さん一人の背中に重くのしかかっているのがその実情でしょう。いわゆるワンオペ子育てですね。
これは全くのかかりっきりでたまの息抜きもできません。
その子どもが体調崩したら大変です、一人でに連れて行かなきゃいけませんが運転は無理、タクシーは高い。どうすりゃええんじゃーとなるでしょう。
そんな状況で育休取ってるお母さんは自分のキャリアに対する焦りもあったりするでしょう。

女性が1人で子供育てるのってめちゃくちゃ大変ですよ(分かったような言い方になってます、お気を悪くされたらすみません)、ぜひ男性の方は寄り添ってあげていただきたいと思います。

男性の育休必要ですかというのは、制度として必要なのかと言うことなんです。
制度として、“会社休んでいる間は国が会社に代わって給料を出すからサラリーマンのみなさん会社は安心して休んでくださいよー”っていう、そういう制度が必要なのかという意味なんです。

岸田総理のメッセージ

先日岸田総理が男性の育休期間中の手当て8割支給というの鼻高々に発表されてましたね。いわゆる「育児休業給付金」の水準引き上げです。

今は約6.5割なんで、大幅アップと言っていいでしょう。これは給料ではないので社会保険とか所得税が免れます。たとえ育休を取って勤務しなくとも手取り額的には働いている時と休んでいる時とで収入はそれほど変わらないというのが大きなミソのようです。

だから、
男性のみなさんもっと育休とって、奥さんに寄り添って、それでもってもっと子ども作ってね、これ以上少子高齢化進むとまずいんだよ
ってのが政府のメッセージだと思います。

でもこれって私はとても疑問です。

最大の疑問は、
その手当の財源はどこからなの?
そもそも育休を取れるような会社に勤めてる人って既に人並み以上に豊かなんじゃないの?
財政出動するのであればそんなことすら考えられない環境の人たちにすべきでは?
国が出してくれるんだから僕たちはそんなこと考えなくて利用したら良いの?
疑問だらけの制度です。

なぜ育休制度が必要なのか

先ず、軽く厚労省のページから数字を。

“男性の育休取得率は2021年度でわずか13.9%、しかもその内2週間未満が約50%だった。”

それに対して総理は、その育休取得率に関して25年度に50%、30年度に85%とする目標を打ち出した。

ドヒャー、4年で4倍。

どうして、そんな大風呂敷を。

なぜなら、

現在の労働時間があまりに長時間でその結果、男性が子育てに参加する時間が取れないからです。厚労省のデータによると20代から30代の男性の平均労働時間は週50時間から55時間が中央値です。仮に少ない方の50時間としても1日10時間労働、それに首都圏の場合には平均通勤時間が往復2時間、睡眠時間を7時間と考えると、合計19時間。
1日24時間のうちわずか5時間が子育てに向き合える時間となります。(当たり前だけどこれは真面目なお父さんの場合)

そんな状況ですから、仮に男性が育休を取らないと女性は妊娠出産後ほぼ一人で子育てをしなければならないことになります。
これじゃー子どもなんて作ろうと思わないし、ダンナ会社休んで育児手伝ってほしーな、しかしそれで給料減るのもやだなーってのが本音でしょう。

そんなところに颯爽とあの笑顔で登場したのが岸田首相でした。

僕が来たからもう大丈夫。育休とって会社休んでも良いんだよ、給料は国が手取り額10割保障するからね、さ、子ども産んでちょうだい、育ててちょうだい。

八方美人的だし、問題の先送りのように思えます。

根本的な問題は何?

そもそも解決すべき問題は長時間労働だし、長時間通勤です。

この二つを短くし労働生産性を上げていくことに注力するべきであって、会社を休みその分を育児に充てる考え方だと、労働生産量も額も落ちるし、つまり国の下がるし、給付金のための税金の投入も増え、国自体がおかしくなってしまいます。

育休取得が増えれば増えるほど財政は苦しくなるのでは?

総理の示した目標値である育休取得率に関して25年度に50%、30年度に85%とすると、国民が育休を取れば取るほど財政は苦しくなっていきます、ジレンマです。
国が貧しくなれば当然のようにそのしわ寄せは国民にきます。

それに、男性の育休が取れる会社などはいわゆる大企業でしょう。実際統計的にも大企業だし、業種も金融・保険・情報通信にかたよっています。
であれば、企業規模も大きく、財政的にも余裕のある企業は男性の育休は大いに奨励しながら、その間も国の給付に頼るのではなく、企業として給料を払い続けるべきだと思います。
ここは民間企業としての矜持を示してほしいのです。そうすれば、国のお金は育休なんて取りたくても取ることのできない人たちに回していくことができます。

そもそも育児は一ヶ月じゃ終わらない。

育児なんてのは1ヵ月で終わるわけもなくましてや平均的な2週間とって一体何ができるのか。
たとえ、育休を1ヵ月取ったところでそこで子育てが終わるわけではないですね、ましてや2週間程度取る人が100%になったところでそれが何になるのでしょうか。
もっと根本のところから変えていかなければならないし、そのためには働きかたそのものにメスをいれ、より豊かな労働環境を作っていかなければならないのではないでしょうか。そのためにはお金が必要で日本人もっと働かなきゃダメですよね。
コロナ禍が襲った3年前、徐々に在宅勤務が増え政府も在宅勤務70%なんて政府目標を出してましたが、もう今はそんな数字は聞かないどころかという言葉すら聞かなくなりました。通勤はすっかり何もなかったかのように元に戻りました。
これが唯一はたらき方を変えるチャンスではあったと思いますが長年の習慣というのは恐ろしいものです。

この通勤という習慣はイギリスを中心に18世紀後半から19世紀初頭にかけて起きたいわゆる産業革命によってもたらされました。蒸気機関や紡績機械などの発明や工場制度の確立、交通・通信技術の発展などが進み、農村から都市への人口移動や、生産手法の劇的な変化などが起こりました。その結果、世界中の都市に通勤という習慣が生まれました。日本においては産業革命は遅れてやってきましたから始まったのはを待たなければなりませんでしたが、それから150年の間にすっかり私たちは通勤を当たり前の習慣として受け入れました。それがコロナによって3年間中断されていましたが、この150年の習慣の重みは結構根強いですね。通勤風景はコロナ前にすっかり戻ってしまいました。
しかし、今、テレワーク以上に働き方を変えるであろう新手がやってきましたね。
今年に入って、IT業界の最大のニュースはLLM(ラージランゲージモデル)によるの登場だったかと思います。これによって18世紀から19世紀にかけて起きた産業革命よりも革命的な革命が起きるのではと私は思っています。しかも前回の産業革命のように50年もの歳月はそこには必要ないでしょう。
前回の産業革命は労働者を都市に集め工業製品を生産しそれらを輸送するための交通網を発展させそれに人間も乗っかるような形でした。
しかし、今回移動するのは物ではなく情報であり知性なので必要なのはネット網であり身体的な移動はそれほど求められません。
今度の産業革命は何をどうもたらすのかまだ見えていませんが、それによって私たちのはたらき方が全く変わってしまうのは確実だと思います。前の産業革命ののち通勤という習慣が生まれ、それが男性の育休問題を起こしたように、また何かをもたらすのでしょう。ぜひそれが子育てへの恩恵であってほしいと願います。

夫婦が子育てに参加できるような環境を作っていかなければ。

単純に休みだけ増えれば、労働生産量が落ちてしまい国の力の大元であるGDPが落ちてしまう。
少ない時間で労働生産性を上げていくような働き方にしていかなければ、この国はますますまずい状況になっていくのではないでしょうか

もしも取るのであれば最低でも1年は取るべきでしょう。仮に一ヶ月の育休を取ったとして、31日めから育児がなくなるはずないんです。でも1年取れれば保育所も待っていてくれます。
そうであれば1年とっても所得が保証され、キャリアも中断せず、それでなおかつ労働生産も落ちないようにすべき根本的な対策に舵を切るべきでは。
異次元の少子化対策と言いながら、手当を6.5割から8割に増やしてるだけじゃんって。それでは恒久的な夫婦の子育て参加にはならないでしょう。

根本的解決は、男性のを増やすこと。

と言うところでそんなところに国として税金を投入していただきたくないんです。中小零細であれば仕方がないです。大いに国の補助に頼りましょう。
しかし財政的に豊かな大企業は国に頼るのではなく、子どもが生まれた社員には有給をその分1ヵ月、1年と当てるべきではないかとそう思うわけです。
そうでなければ、悠々と10割もらって休んでいる大企業の人のために、汲々として働いている人たちの税金が使われることになるんじゃないでしょうか。

その男性育休の手当てを国が支払えるのも、私たちが税金を支払っているからなのですから。

子どもは天からの授かりもの。

お母さんの子育てが大変なのかどうなのかはそのお母さんの環境によるところがとても大きいと思います。実家の助けもなく歳も近い二人目の子育てに向かっている方と、実家の近くで一人目を出産し周りの人たちが世話をしてくれる環境ではそのストレスは大いに違うはずです。

また、夫が往復の通勤やでほとんど家にいない家庭と、在宅で仕事をしていて、いつでも子育てに参加できる環境でも大いに違ってくるはずです。

「僕はそんなに大変じゃないから国の税金を使ってまでも育休は取らなくてもいい」とか、そんなふうに考える人がいてもいいし、そういう人を雇用している会社は、そうであれば私たちの会社は国に頼るのではなく会社として給料を出すのでどうぞ休んでくださいといっても良いのではないでしょうか。

今の世の中は、制度としてできあがっているものをみんなが与えられた自分の権利として主張しすぎているような気がするんです。ひどい言い方だとせっかく与えられてるんだから使わなければ損だという感覚。でもちょっと待ってほしいんです、あなたは当たり前のように使えるかもしれないけれど世の中にはそうでない人はいくらでもいる、あなたの周りにだってきっと。
こういった制度は「日本国第二十五条」が定める国民の生存権が脅かされているような人たちに譲るべきであって、そうでもない企業や会社員は自重して良いのではと思うのです。

理想かもしれないけど、少なくとも財政的に余裕があると思われている企業はそれぐらいのことをしてもいいんじゃないのかな。でもそうすると対外的には男性の育休制度利用率の低いブラック企業のレッテル貼られちゃうかもしれませんね、ここも問題だと思います。

でも、そんなふうにみんなが支え合ってるんだって意識が生まれたときには少子化問題なんてのは言葉としてのぼってこない気がするんです。だって、子どもは天からの授かりものなんですから。
そしてその天が見てくれてますよ私たちのことを。

よくよく考えてみるとですね、こういった国が制度して与えているというか用意しているものをよくよく考えてみると、これは社会の公共財といっても良いものだと思うんです。公共財ですから国民みんなのものですよね。しかし、そのパイの大きさは限られてます。みんなが目一杯使えばたちどころになくなってしまいます。
そういう性質のものであると捉えることができるのであれば、やはりそれは使わないで遠慮しておくというのも徳の一つではないでしょうか。
そしてそれを逆方面から見ていくとより際立ちます。
企業はよく寄附行為というのを行います。
私たちも赤十字的なものに会社としてお金を寄付したりしたことがありました。
この「寄附という行為」と「制度を使わないという行為」は結果として同じことをしてるんじゃないかと思うんです。寄付は公共財を増やす行為です、制度を使わないのは公共財を減らさない行為です。ともに私たちが意識して行っていかなければならない行為ですね。

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コメント一覧 (1件)

  • https://news.yahoo.co.jp/articles/ec941c8c3157d57f0dd7aba5794b7ddb8315d50d
    「岸田内閣を「支持する」と答えた人は、前回の調査から3.8ポイント減って、政権発足以降で過去最低の26.9%でした。一方、「支持しない」は51.8%でした。
     また、所得税などを定額で4万円減税することを軸に政府が検討を進めていることについては、「評価しない」と答えた人が半数を超え、56%で、「評価する」が31%でした。
     「評価しない」主な理由については、「政権の人気取りだと思うから」と答えた人が最も多く、41%でした。」

    そのまま引用してきました。この男性の育休制度もそうだけど、 どうにも無理があるように皆さん感じるんじゃないでしょうか。今の日本経済の厳しさみんな感じているところで、なのにどうしてこんな甘い一時しのぎのようなことをするんだろうって。もっと他にやんなきゃいけないことあるだろうって国民は感じてるんじゃないかな。

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