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長文失礼いたしました。

名槍「日本号」
♫酒は呑め呑め 呑むならば 日本一(ひのもといち)のこの槍を 呑み取るほどに呑むならば これぞ真の黒田武士
この黒田節で謡われている長槍がこれ。
遠目にもその長さは目を惹くし、近くで見ると細かな細工がされていてとても美しいものでした。
福岡市博物館所蔵。天下三名槍と呼ばれた槍の1つ。

ー 長文失礼いたしました。

このフレーズが、いただくメールの最後によく書かれています。

でもそのメールを見てみると一体どこが長文なんだろうと思わせられることがしばしばです。

実際には数行程度、しかもその中のほとんどが意味のない言葉、つまりお世話になっていますとか、 お忙しい中失礼いたしますとか、夜分失礼致しますとか郵便の手紙や固定電話の名残のようなことばが延々とつづいてる。こんなどうでもいいような言葉で占められていて、実質は3行程度の要件や意見しかないもの。なのに最後に”長文失礼いたしました”と書かれています。たまにならいいですけどそういうメールとても多いです。

これは冗談か皮肉か何かとしか取れないんだけどもきっと日本人の性質として最後に謝りたいんでしょうね、謝って終わる。

夜分失礼いたしますとかも同じで、相手が見るのは翌日にきまっていて何の迷惑でもないのに、プッシュ型メディアの名残と知りながら使い続けている。
こっちは謝りながら始めるときの口上。

謝りながら始め、謝りながら終わる。それでも中身があれば良い。

私の感覚で言うと長文と言うのは、原稿用紙10枚ぐらいから、つまり4000文字から5000文字のメールで初めて長文と言えるかなと思います。これで中身が詰まっていれば、こんな夜中にこれだけの中身送ってくれて、感謝、感謝です。

こういったメールの形式には、日本人の謙遜の意味が含まれてるんでしょう。
そして、一方でメールの衰退や大学入試のあり方にも問題があるように思います。

ご存じのように彼らのコミュニケーションツールは短文を主体としたメッセージアプリ、チャットアプリであり、友人同士メールでやりとりすることは滅多にないでしょう。大学はセンター試験に代表されるマークシート方式だし、入学してからも論文はおろか小論文すら書かされず、卒論もなかったりするので大学卒業するまで原稿用紙10枚以上の文章を書かずに終わった学生が大半を占めるようになってます。
これは大学側にも問題があるにはあって、論文のような読む人によって評価が変わってしまうような試験を課すことができなかったという経営上の問題はあったのでしょう。だけど、もう今は大学全入時代を迎え、これからは明らかに淘汰の時代でしょう。大学自体が独自の良質な試験問題を作成しそれをきちんと判断できる体制が求められるのではないかと思います。

おっと、話題が逸れましたね。もとい、

普通に考えると、長文のメールをいただけるということはありがたいことです。
ほんとに失礼なのは長文で中身のないメール、これは読むのしんどい。自分の主張ばかりが込められているメール、これはさすがに長文失礼いたしましたと書いていただきたいと思います。でもそうでもないすばらしい考察や 自分なりの考えが込められたもの、あるいは私自身の行動に対してのアドバイスであったりするとそれはとてもありがたいわけですね。

長文は本当はありがたいんです。自分のためにこれだけの時間を費やしてくれたのかと感謝の気持ちで一杯になるのが長文メールだと思います。福岡市博物館の二階に上がって左のコーナーに黒田家の展示物が広がっています。その中でも一際目をひくのが”ひのもといち”と呼ばれる写真の展示品。こんな黒田武士が愛したような長くて美しいメールは決して失礼していないのです。