
「蓋棺事定」棺を蓋いて事定まる。人の生前の評価はあてにならず、死後になってはじめて定まること。
確かにね、生きているうちは、その関係者も生きているので利害がぶつかったりするので客観的評価は難しい。だけどそれからもっと年月が経ち彼らも全ていなくなった時に初めてその人の評価を定めることができるのかもしれない。
権力の地位についた人間は、それを守ろうとするあまり、時に飛んでもないことをしてしまい、その飛んでもないことを弁護するために、またまた飛んでもないことをしてしまうという、飛んでもないスパイラルに陥り、名誉ある方が晩節を汚すことはよくあります。
権力は誰かが持たないと統治ができないので、私たちはある方にそれを負託してきました。ところが、権力者はそれが負託されたものではなく自らのものと勘違いし、それを自分のものだからと必死に守ろうとします。
錯覚なんだけど、その錯覚が組織ぐるみで起きると、外から見ている人にとっては茶番であり、哀れです。
NHKの籾井会長が配下の理事全員10人から日付無しの辞表を提出させていました。求める方も求める方なら、それに応じた側もなんなんでしょうか。前代未聞でしょう。
しかし、権力や組織というものを考察するとあり得ます。
国会の答弁に立った理事の方々はカメラ越しにもその表情は全員苦渋に満ちていました。
籾井会長の、そんなことは一般企業ではよくあることという虚勢とは対照的でした。
組織です。
一般社会とは切り離された論理や常識が跋扈しています。
推察するに、理事の方々はどうみても常識人ですから、会長からの要請には戸惑ったことでしょう。しかし、権力者の前では常識も一時的におかしくなり、自分一人が反対してもなー、という気分になり、一人ひとりと白紙の辞表を提出していったのではないでしょうか。
その時、彼らに見えていたのは組織だけであり、国民や視聴者はその視野にいなかったのではないでしょうか。
組織です。
籾井会長は、何を恐れていたのでしょうか。
トップの人間は何よりも大きな権力を持っていますが、トップに行けばいくほど人数は少なくなっていくピラミッド構造です。
一人ぼっちでただただ恐かったんだろうなと思います。
そして、10人の理事の生殺与奪権まで手に入れて、彼が守りたかったのは何なのでしょうか。