「宮笥」(みやけ)

シャッター通りと化した那覇のとある商店街。その中でいかにも南国っぽいドライフルーツ専門店がありました。こちらはいかにも観光客オーラを出しているのに全然気に留めてくれないので、仕方なく歩み寄ったら不老不死の文字が。 これぞ宮笥だ!と。

当社では、休暇とかでどこかに行ったときに、会社にお土産を買ってくることを禁止しています。

禁止とかって言うときつい表現だけど、言っているのは、お土産は気にしなくて良いよ、買ってこなくって良いよ、それよりもそんな時間があるのであれば、現地での時間をもっと有効に使ってほしいし、お土産よりもお土産話をしてよってことです。

ご存じのように、日本人のお土産好きは海外でも有名です。大抵の海外の観光地にはどこで訳したんだ?というような日本語とともに、いかにもというようなお土産が売られています。商魂たくましい方が日本人のお土産好きを見越してやられているのでしょう。

では、なんでこんなに日本人ってお土産好きなんだろうってところですが、これはご存じの方も多いと思います。

そもそも、土産をミヤゲなんて読めないっすよね。最近のキラキラネームでもそこまではいかない。普通に読んだら、ドサン。せいぜい、ツチウミ。
どう頑張ってもミヤゲには辿り着かないです。というところで、こういう場合には語源がどっか別のところにあったりします。

そう、お土産の語源は、「宮笥」(みやけ)です。これだとミヤゲと読めます。

というわけで、宮笥なわけですが、何となく、神社、お宮の雰囲気が漂っている言葉です。

その昔、一般庶民は、この場合には農民ですが、彼らは一生村を出ることはなく、生まれてから死ぬまで外の世界を見ることはありませんでした。身分的に土地に縛られていたと言えます。そんな彼らにとってそのくびきから逃れることができる瞬間が伊勢神宮への参詣でした。

これは、口実として認められ、お伊勢さんにだけは村を離れて行くことはできました。しかしながら、当時も今も旅行というのは贅沢な活動です。多くの庶民にとってお伊勢参りは一生に一度とも言える大きな夢でした。伊勢までの旅費は相当な大金で、日常生活で一度にそれだけのお金を用意するのは困難でした。そこで考え出されたのが、出資です。

自分たちの村々で、それぞれ「お伊勢講」という仕組みをつくり「講」の仲間から定期的にお金を集め、代表者を選び、彼に旅費としてそれらを与えお伊勢参りをさせることにしました。誰が代表者になるかはくじ引きで決めたそうです。

そして、くじに外れた村人は選ばれた代表者に餞別を渡して自分の願いを託しました。

そうやって選ばれて神宮参拝をした代表者は、帰る時に村人の分の「宮笥」(みやけ・神社でもらうお札を貼る板のこと)を買って帰ることになっていました。
言ってみれば、それこそが、ちゃんとお伊勢さんに行って来たぞ、途中変なところに行ったりしてないよという証拠になったわけです。

そうやって、お伊勢参りが盛んになると、伊勢神宮の周りには参拝客を目当てに土地の特産物などを売る店ができるようになりました。”土地の特産”つまり、”土産”ですね。それらの品も総じて「みやげ」と呼ばれるようになった。なので、ミヤケに「土産」の字があてられるようになった。そうなんじゃないかー、です。

でも、これはとても説得力があるように思えます。

日本人がどうしてもお土産を買って帰らないと気が済まない、この国民性が宮笥から来ていると考えると納得できます。

どこかに出かけたときにお土産を買って帰るのはある種のオブセッション(脅迫観念)になっています。僕たちの慣習に組み込まれていて、もっといくとDNAにさえ刻まれてしまっているようなお土産買わないとヤバイだろう症候群の原因を探っていくとそこには神社に関係した一種の信仰心のようなものがあったと。

僕も、昨日那覇の町を歩いていたら、ふとあるお店の前で立ち止まり、同時に社員の顔を思い浮かべていました。

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