スタンリー・キューブリックがアイデアを練り、彼の死後、スティーブン・スピルバーグがその意思をついで作り上げた映画AIをDVDで見直していました。
映画館で観ていた時とはちがい、家庭では一時停止や後戻りが自在にできるので、英語の字幕と対訳の確認が容易です。
これって英語だなーと思ったのが、ジュード・ロウが演じたジゴロ役のロボットが逃亡が見つかり捕らえられる直前の言葉でした。”I am I was” 私は居る、そして私はいなくなる。
ロボットではあったが、意識があり、自分の存在があり、生の認識もあったけれど、とらえられてヘリコプターでつるし上げられて、明日にはスクラップになってしまうことを感じさせられるときのセリフ。”I am I was” 「俺はいた、確かにいたんだ!」みたいな感じでしょうか。だけど、日本語にするとどうやっても詰まらないのです。英語のBe動詞にある、単純で明快な「存在」という意味が日本語には強い形では存在しないからなんでしょうね。
そしてもう一つが、主役のデイビットが長い旅を終え、探し求めた母親とベッドに横たわった時のナレーション
“He goes to the place where dreams are born” こっちは翻訳はそのままなんだけど、映画AI全体のストーリーを完結させる一文です。夢が生まれる場所ってどこなんだろう。そこに行ったってことは、デイビットは結局ピノキオのように人間になれたってこと? それとも死んでしまったの?いろいろなことを想像させてくれるフレーズです。
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