滋賀県五箇荘から、給与と報酬びみょうに違う、いや全然違うし。

報酬
旦那ー、算盤ばっかりはじいてないでさ、一杯働いたんだし、報酬おくれよー。
うーん、うちもね最近は景気悪くってさ、それに、お前は最近休んでばかりだし、渡した金は酒とバクチに使っちゃうしさ、
ろくでもない生活じゃないのかい。
私たちは、世間良し、相手良し、そして自分良しの三方良しでやってるんだからね、お前ももう少し真面目にやってもらわなきゃ世間様に申し訳が立たないってもんさ。お前がもうちーっとばっかし世間のことを考えて働いてくれたら報酬もはずむっていうもんさ。
*なぜか江戸弁です。近江弁が分からないというよりもこういう会話はなぜか江戸っ子になってしまう。
五箇荘、近江商人資料館にて。

先日、顧問の税理士さんと給与の話をしていました。 会社の支出において人件費って大きいですからね税理士さんとの会話では給与の話がよく出てきます。

もう一つ給与と似たようなもので報酬ってのもありますね。

一般的にっていうか法律的になのかな、「雇用関係にある人間に対して支払われるものは給与」。 つまり、労働の対価として支払われるものが給与。それに対して報酬は役員報酬と言われるように、労働の対価ではないんですね。何らかの契約、この場合には委任契約としての「任用契約」 というあまり聞きなれない契約のもとに支払われるのが報酬なんだそうです。

なんだそうですっていうくらい実感としてないです。ただ報酬という言葉は日常でもよく使われる単語ですね、日常性で言ったら給与なんて単語は精々月に一度ですが、それよりも絶対に使われているでしょう。ぱっと思いつくのは思い浮かべるのは報酬系なんていう単語じゃないでしょうか。生物の実験とかで頭に電極を差し込まれたネズミが報酬系に刺激を与えられると狂ったように走り続けるっていうアレです。

で、何を言いたいかっていうと確かにに対しては労働の対価として給与があるわけですけども、じゃぁ報酬がないのかっていうと法律は抜きにしていうとあるんじゃないかなってのを税理士さんと話していてふと思ったわけです。

何かっていうと例えばですけど、 給与はそれほどではなく世間並みであっても、働いてる環境がとても素晴らしくてとかほとんどなくて、休みもたっぷりあって、オフィスは広々としてて、清潔で、そしてなんといっても一緒に成長しあえる仲間が近くにいる こんな職場環境ってすごい報酬なんじゃないかと思うわけです。

一方で給与は水準よりも良かったとしても、連日の残業、会社の中はだらけ、モラルなんて一体どこにあるのやら、みんな勝手にてんでバラバラで仕事しているこんな職場環境って報酬も何もあったもんじゃないのではとおもうわけです。

”報酬”

会社は考えなきゃいけないと思います。給料はもちろんのことだけども報酬をいかにふくよかなものにしていくか、ここ考えなきゃいけないと思います。

このわたしの給与と報酬の違いを顧問の先生に話したところ、なるほどーってとても感心されていました。専門の先生に感心されたんでそれからは会う人ごとに割りと得意げに話すのでした。

さて、ここで。
では、私たちの会社の給与にはどんなものがあるのか。あるメンバーとそれについて話す機会がありちょっとここは書いておかねばと思ったので、その内容のご紹介。
先ず、基本給があります。それに役割手当(、マネージャーとかの役割に対するもの)、役職手当(の習熟度に応じたもの)、資格手当、教育手当、テレワーク手当て等がついたものがいわゆる月給となります。
これらが基本となって年に2回の給与改定が行われ、賞与が支払われます。
他に金銭的なものとしては文化教養補助費、学習補助費、スポーツ健康推進補助費、デバイス購入補助費、お菓子補助費、奨学金返済負担軽減支援補助費などがあります。
これらの制度は正社員であるのかそうでないのかで違ってきたりしますから、それを含めてこれら全てがいわゆる金銭的なものとしての給与に値するものと言えます。一般的にいわれるところの待遇条件です。
そしてそれ以外のものがいわゆる報酬となるわけですが、こういった制度があること自体が人によっては報酬とも言えるかと思います。
そして、最大の報酬は一定の条件を満たしたメンバーはわたしたちの会社の会計報告に参加できるということです。これは四半期ごとに行われている全社員が集まるミーティングで行われる行事の一つです。
会社は四半期ごとのPL(損益計算書)、BS(バランスシート)をそこに参加した全メンバーに報告し意見を求めます。全て一円単位までお見せしますし、質問があればどのようなことにも会計士の方と一緒にお答えします。
では、これがなぜ金銭でもないのに報酬かと申しますと、一般的には一従業員がそれらの数字にアクセスすることはできないからです。法律上、会社のにアクセスできるのは株主と融資をしている銀行のような債権者だけです。つまりは会社にお金を出している人間にはそれらにアクセスする権利が認められているわけですがそうでない人には認められません。ですから、会社は義務でもないのでそんなことを敢えてするようなことはしません。
一般的にですが、会社の売り上げというのはだいたい推測できるものです。売上高はHP上でも公開していますし、内部で働いている人は割と簡単に情報を突き合わせればわかるものです。
しかし、わからないのは支出部分です。
会社は自分たちが稼いだお金をどこにどれだけ使っていて、一体全体この会社にはいくらお金があるのかないのか。財務的に健全な会社なのかそれとも危ないのかすら分からないのがサラリーマンだと思います。
では、なぜ会社は見せないのか、二つ理由は考えられるでしょう。
一つ目には、社員が会社の経営に入ってくることの危険性です。
もしも儲かっていて会社にお金が一杯あればもっと給料あげてほしいという圧力が生まれるでしょう。逆に会社にお金がないことが分かればこの会社は危ないということで社員は去っていくかもしれません。これは社員が財務を知ることによる危険性です。
もう一つには、競争における危険性です。
どのような会社もライバルのいないところはないと思います。そこに勝てば業績が伸びるはずです。その競争において最も重要なのは相手の財務状況であることは間違いないでしょう。財務的にしっかりしているところに勝つのは難しいですが、弱そうなところであればいけます。
そんな場面において会計報告を社員に対して行えば自社のデータが漏れてしまう危険性があります。
では、それをなぜ敢えてやるのか。
一つにはわたし自身が会社員をしていた時に会社のお金の使い方に対してとても不信があったもののそれを尋ねることは一切できなかった苦い経験からくるものです。
そして、もう一つには時代の流れだと思うからです。今のこの株主が会社を所有し雇用契約を交わした労働者が賃金もらって働くといった制度はもう完全に行き詰まっていると思います。これを言い出すとキリがないのですが、働いている意味、生きている意味がもう見出せなくなっていると思います。しかし、この資本主義の制度自体が変わるにはまだまだ時間がかかるでしょうから、俗に言われるところのステークホルダーが変わっていかざるをえません。
資本家が有するお金よりもっと大きな価値、時間という価値に推移していくのではと思うのです。
そうすると株主がお金を投資するように、社員の人たちは会社に対して時間を投資していると考えることができます。であれば、株主が有する権利と同様に社員も決算書の中身を見る権利があるのでは、そうしていかねばならないのではと思うのです。
そして、これこそが私たちの会社で働くことによる大きな報酬なのではないかとわたしは思うのです。
先に申し上げたようにこういった制度は報酬であると同時に会社の方向性のようなものを表しているわけで、そうであるが故に、自分の方向と合っていれば報酬でしょうし、そうでなければ報酬でもなんでもなく給与と同じ当然の権利と映ってしまうことでしょう。
2023/02/12一部改訂追記

五箇荘と言えば日本三大商人の一つである近江商人発祥の地です。
そして、近江商人が目指したものは”三方良し(さんぽうよし)”ですね。相手方良し、自分良し、そして世間も良し。
今、私たちがビジネスの世界で耳にするのはWIN-WINウィンウィンです。この言葉はよく耳にします。ただ、僕はこれを聞くとお前はセミか!と思わず呟いてしまいます。相手と自分だけで完結してしまって、世間、社会が視界に入ってないからです。3年前を目指すようになってからこの意識は自分の中でとても大きくなってきたので、お前はセミか夏が終わったら死ぬぞ!とつい呟いてしまうのです。
先ほど、新人の方のの中にそれを見つけたので、お前はセミかと叫ぶのは抑えて、この一文を付け足すことにしました
2023/06/06追記

近江商人が自分たちの利益だけではなくどうして世間の利益まで重視したのかの理由はこの天秤棒にあるようです。ではよく分かりませんが、分かるのは本人が恥ずかしながらも喜んでいるかもという雰囲気だけでしょう。
もとい、この天秤棒で担いでたのは商品の見本帳カタログだけだったようです。これを担いで彼らはそれこそ自国内だけでなく全国を回ってました。そんな未開拓の地方に出向いて利益を上げるには信頼されることでしかなかったからだろうと言われています。
今に通じますね。
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