企業における正当性、公平性、フェアーであるということ。

。言わずと知れたビジネス書の世界的ベストセラー。
1995年が初版ですからもう古典の部類と言って良いかもしれません。そして時代の風雪に耐えてきた古典だろうと考え私たちの会社では10年近くこの本を入社時のの一つに指定しています。
会社とは何なのか、どうあるべきなのかを入社前に考えていただくことはとても有意義だと考えています。
目次

会社に何を求める?

”あなたは会社に何を求めますか”というアンケート調査を日本で行うと、

1.良好な人間関係
2.賃金
3.公平な待遇
4.…
5.…

大体こんな感じ、となるそうです。

これが、海外だと、皆さん容易に想像できますよね。全く違います。

”賃金”こそが第一位。良好な人間関係や公平な待遇などはかなり下位に位置します。このことから言えるのは、日本人の社会はかなり人間関係を重視する社会であろうということです。

そんなん、言わんでも分かってるという声が聞こえてきそうです…。

そのため、大学の部などでは、学生の能力を上げ、就職率を上げようとするし、学生自身も自分は、”コミュニケーション能力に自信があります。”なんてことを真顔で話したりします。僕は、それを言ったり、に書いたりしている時点でコミュニケーション能力ないんじゃないかと思ってしまうのだけど、ま、それは置いておきましょう。

そして、3番目に社員全員が正当に評価され待遇されることを日本人の大半は望むわけですが、これはどだい不可能なことは誰でも分かることだし、もしもこれを本気でやってしまったら、公平性を保つための膨大なコストで企業はその競争力を失ってしまうでしょう。もちろん、公平であることは重要な価値であるので、それはあった方が良いでしょう、否定するものではありません。

ただ、公平性というのは、うちに向かうべきではなく、外に向かって行くべきものだと思うのです。

例えば、会社をサッカーのチームに例えると、監督は社長、コーチは役員でしょうか。”勝つ”、”優勝する”という一点にだけ集中しチームを作っていきます。ここで公平性などないはずなんです。監督やコーチの主観、感性でチーム作りは行われます。もちろんフロントとの予算折衝などはあるでしょうが、主には主観でしょう。

一方、彼らがフィールドに立って試合を始めたら、そこは絶対的な公平性の元に進められます。アンフェアーな行為はペナルティ対象となります。何万という観衆がフェアーな試合を注目していますから、それに対しては監督もコーチも何もできません。

これが、どうも混同されているような気がします。

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