ブドマリ
今日のアサカイは、”歩留まり”という言葉に、私がいちゃもんをつけたために、そこでずいぶんと時間をとってしまいました。どんないちゃもんつけたかと言うと、最初にGA(General Affairs)のデヴィが私たちの会社の採用状況について話をした時でした。応募されてきている人数、そこからエントリーされてる人数、そして実際に採用された人数を皆さんに数字を示した時でした。
前職で人材系の会社に勤めていた人物が、実際の歩留まり率はそれぞれどれぐらいなんですかと聞いてきたのです。彼の聞きたいことはわかりました。しかし、私はそこにとても違和感を覚えたのです。歩留りというのは工場とか農業とかで物や食べ物を生産しているときに、途中で品質の良くないものを取り除いて、良品と呼べる製品が残ったものの割合を示すもの、それが歩留まりだと思うのです。
そんな人以外の物に対して使っている言葉を人の採用に対して使っていいのか?これが素朴な疑問でした。
しかし彼にはすぐすぐには通じなかったようです。
というのも、業界では応募した方がどれだけ採用できたか、この割合のことを歩留まりと言うのはごくごく一般的なようで、その歩留率をいかに上げるかが彼の仕事だったわけで、そこには一切の疑問はなかったようなんです。
それに対して私は噛み付いてしまいました。
確かにそれはそうかもしれない。わかりやすい言葉かもしれない。便利な言葉かもしれない。でも、みんなが使っているからといっておかしいと思わないのか君は、君が前職で対応していたのは、機械ではなく人間ではないのかその人間に対して工業製品に対して使う言葉を当てはめていることに違和感を覚えないのかとちょっと気色ばんでしまった。
そんなやりとりの時、別のメンバーが歩留まりをネットで調べてみると、採用の現場でも使うみたいですよと言ってきた。
周りが使っていれば使うのか?
いやいやそれはそうなんだろう、でも繰り返しだけどみんなが使うから使う、それでいいのだろうか。
工場では最終的に製品にならなかったものは品質に問題ありということで、廃棄されるかと思います。それって採用でも表面上は同じでも中身は全く違うのではないだろうか。採用に至らなかった人はたまたまマッチングとして合わなかっただけ、私たちが求めている才能や個性、人物像がその人と違っていただけで当然のようにその人は別の会社を受けられたらいくらでもうまくいくはずです。
工業製品と人間は全く別物です。
私は使いたくないよ。歩留まりって言い方は簡単でいいのかもしれないけど、”採用できた割合”って言っちゃダメなの長ったらしいから嫌なの?
それこそ先日のセレンディピティのように自分たちで言葉を作ったらいいんだと思う。
ちなみに、”歩留まり 人材業界”で検索してみると、こんな感じでした。
この業界では、歩留まりは平然と、何の疑問も持たれず使われているようです。ですから私たちのメンバーがごく自然に歩留まり率という言葉を使ったのは致し方ないところでもあります。
またこれは余談ですが、”人材”という単語に対して人は材料なんかじゃい差別的だということで人財の字を当てていらっしゃる方がいます、もっと別の意味を込めてもいらっしゃるようですが、材=才なので一般的に使われる材料とだけけはいえないようです。
歩留まりあるいは歩止まり(ぶどまり)とは、製造など生産全般において、「原料(素材)の投入量から期待される生産量に対して、実際に得られた製品生産数(量)比率」のことである。 また、歩留まり率(ぶどまりりつ)は、歩留まりの具体的比率を意味し、生産性や効率性の優劣を量るひとつの目安となる。例えば、半導体製品では、生産した製品の全数量の中に占める、所定の性能を発揮する「良品」の比率を示す。
by Wikipedia.
いちゃもんの語源は、イチャイチャするの言っちゃうと文句がくっついたものらしいです。イチャイチャするは擬態語ですね。何かくっついてる感じがします、離れてはくっつき離れてはくっつきのイメージがあります。そうしながら文句を言うからいちゃもんです。