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卑怯な振る舞い

カーネーション(carnation):花言葉は、”誇り”、カーネーションはその花の色によって花言葉は色々あるようだが、紫のカーネーションの花言葉は誇り。誇りがあれば卑怯な振る舞いなどはしないのだと思う。

稲盛哲学に経営哲学12条というのがある。

第1条 「事業の目的、意義を明確にする。」から始まって12条まで続くわけだが、その第9条に勇気をもって事に当たる。というのがある。これは目の前のことから逃げるな正々堂々と戦えということなんだと思うけど、どうしてこれが経営と関係するのか。

つらつら考えながら、今朝、喫茶店でコーヒーを飲んでいたらスポーツ紙の一面に、いやどの新聞でも朝日でも読売でもその喫茶店に置いてあるどの新聞も、大坂なおみのオーストラリアオープンでの優勝で埋め尽くされていた。

なんでも、彼女のこの勝利は精神的な克服が大きいのだとか。いつもはピンチに立たされるとそのままずるずると負けてしまうのだが、ここに来て冷静さを失わないようになり一段と力強さが増し遂にはランキングでもアジア人初の世界一に輝いたと書かれていた。

スポーツってそうだよな、精神的な面がホントに大きいよなと思いながら自分が中学生だった頃の体育の授業でサッカーをやっていたことを思い出していた。

自分はそこそこスポーツには自信があり、特に足は速かったのでサッカーにおいても、まーできた方だと思うが、その時は相手のドリブルについていけず、思わず後ろから足を掛けてしまい、相手は大きく転び結構なケガを負った。

体育の教師が一目散に駆け寄ってきて状況を確認した後、僕に平手打ちを一発。

お前はいつだってそんなことをしている!そんな卑怯なことをしたら誰でも勝てるだろう。しかしそんなことをして勝って何の意味があるんだとグラウンド中に響き渡るような声で叱られた。

この教師はいつも見てたのか。僕が小さな反則をするのをいつも見てた、見られていたのかと思うと何とも言えず自分が情けなくなった。

僕は小さな反則を幾つも犯していた。ばれていないと思っていたけど、教師はそれを全部見ていた。今思うと、見ていてくれたわけだが、その時は見られていたことが恐怖だった。

今でもあの教師の烈火の如く怒った顔が思い出される。

反則をすれば誰でも勝てる。
だけど、それだけのことであり、自身の成長にはつながらない。

反則はしない、正々堂々と戦っていく。そうやって勝っていくためにはまともな力を身に付けなければならない。それが当然なんだがともすると楽な勝ち方はないものかと考えたり、体が勝手に動いたりする。

反則をするのは、言い訳や嘘をついてしまうのと同じだ。体が弱いのはもちろん精神的にも勇気がなくなっているからやってしまうんだろう。

稲盛氏の「勇気をもって事に当たる」とは自己を鍛えることにつながる。だからこそ経営哲学なんだろう。

なんてことはない。中学の教師が教えてくれたことがあの経営の神様が唱えていることと同じなんだということに今日気付いたのでした。

卑怯な振る舞いで得るものは何もないばかりか、大切な人生を失う。

あの時、鬼のような形相で叱ってくれた教師がありがたい。