自由は土佐の山間より出づ。

「自由は土佐の山間より」このことば、高知県県詞なんだそうです。初めて聞きましたがそれも当然で高知県にしかないようです。

ということでみなさんのから。歴史もの明治ものあまり人気はありませんね。

リリア

中江兆民と高知県
名前だけはなんとなく聞いたことがあるけど全く説明できない偉人が多すぎる。
さん本当にすごい。
島根って教科書レベルの偉人はいないか…?

トングー

中江兆民、東洋のルソー。生せんべいとごんぎつねの話がしたい。

あれ?

坂本龍馬の話

ずん

中江兆民の場所から参加高知県を紹介するにはこの人というところ。私は武士道かな

ハル

中江兆民。初めて聞いたなぁ。高知県は自由民権運動の思想を日本に紹介した人物が生まれた県ということで。

ちょっちゅねぇ

中江兆民 民約訳解

チャリで走ると10分ほどのところに「中江兆民先生生誕地」の碑がありました。フランス留学でルソーの『社会契約論』に出合い、帰国後に自由民権運動の理論的支柱となった人物「東洋のルソー」と呼ばれた。県詞:「自由は土佐の山間より」を著したより十歳上の先輩にあたるようです。
高知はを成し遂げた「薩長土肥」の一つ土佐ですから。偉人だらけなのです。

あまり皆さんの関心は呼ばない過去の偉人たちではありますがこの「自由は土佐の山間より」と中江兆民に共通した言葉として「自由」があります。この自由って言葉、英訳してってなったらリバティーとフリーダムになると思います。それは、明治になってから逆にその英語を翻訳して自由って言葉ができたからでしょう。
しかしこの言葉が仏教から来た言葉であると言うのはあまり知られてないようです。
でもそうやって見てみるとこの言葉なんとなく哲学的ですよね。
”自らに由る”、これが自由だって言うわけですからね。
リバティーやフリーダムの自由はある種の抑圧から解放されることだと思います。
それが自由。
親から自由になるとか、借金払い終えて自由になるとか、それこそ監獄を出て自由の身になるとか。やはり抑圧や縛りから逃れた瞬間から自由なんですよね。
自らに由ると言う、自らを律するみたいな事はどうも違います。
では誰が訳したんだってなると中江兆民が候補に上がってるようです。
なんといっても東洋のジャンジャック・ルソーですから。

だけどどうにも似ているようで似てないんですよね。日本語の自由、仏教由来の自由はずいぶんと以前に投稿したこの自分らしくあると言う自分らしいに近い感じがします。つまり自分らしくあることが自由な状態。魚は水がなければ泳げませんがその水は場合によっては抑圧した何かかもしれません。しかし魚にとっては水の中にいることこそが魚らしいし自由なわけですよね。

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