
紛レモノハ人ヲダマシテ、其座ヲスマス。 是ヲ一列ニ云フベキニハアラズ
昨日の9月15日は、ちょっと古い世代の方であれば10月10日の体育の日と並んで、11月3日の勤労感謝の日と並んで、敬老の日だねって思い出されるかと思いますが、この日は「石田梅岩誕生の日」でもありました。
塾長(稲盛和夫氏)も機関誌『盛和塾』でよく梅岩の話をされていたと記憶しています。何月号の何れだったかすぐに引けたらいいんですが、そこが不良塾生のため、何とも……。
1日遅れとなりましたが、当時の「士農工商」という最も下に位置した商人の存在意義を説いたその人の足跡を辿りにいきました。
「商人の買利は士の禄に同じ」――梅岩のことばです。
かなり、アナーキーやと思います。
身分制度の厳しい江戸の中頃です、「士農工商」の商の人間がおれらやってることお侍といっしょやでと言ってしまってるんです。
「利を頂くことは恥ずべきことではない。武士が忠義の対価として禄を食むのと同じだけの正当性が商人が誠の対価として利を頂くことにはある。」
めっちゃ理屈っぽい、感情で訴えるんじゃなくロジックで迫ってる。
好きです、こういう人。
正直、私が石田梅岩という名前を知ったのは、盛和塾に入ってからのことです。教科書で見た記憶もないし、会社経営始めた頃もまったく知らなかった。
ただ、塾長が機関誌や講話で何度も引いておられるうちに、「これは日本の商人にとっての一つの背骨のような人なのだな」とだんだん分かってきた。最初に聞いたときは「利益を取るのは後ろめたいことじゃないと力強く言ってくれた人」くらいの理解でした。
でもこの言葉の本当の重さは、肯定の側ではなく、その裏側にあるんですね。
武士が禄を食む以上、忠義を尽くさなければならないのと同じように、商人が客から利を頂く以上、誠を尽くさなければならない。利を頂くことが許されるのは、誠があるからだと。順序が逆なんです。誠があるから利がある。利があるから誠を立てるのではない。
これは、今この時期に読み直すと、なかなか厳しい話だなと、思うわけです。
今年の2月から、私たちの会社は徐々に出社からテレワークに切り替えました。
そんな中、5月くらいからだったでしょうか、テレワークを「コロナが収まるまでの一時的な措置」ではなく「これからの常態」として位置づける企業のニュースが連日のように入ってくるようになりました。
Twitter社が希望する社員は永久に在宅勤務でよいと発表したという記事を読んだのもその頃です。IT系だけかと思っていたら、ほどなく日本の大手企業も次々と続き、中にはオフィスの床面積を半減させるという思い切った会社まで出てきた。その流れの中で、「これは元に戻る話ではないんだな」と思うようになりました。緊急避難としてのテレワークから、選択としてのテレワークへ。コロナが収束するかどうかとは別の次元でもう働き方そのものが書き換わっていく。7月になって、私たちの会社でもテレワークを恒久的な働き方として位置づける決定をしました。元に戻すのではなく、ここから始める、と。
感染を避けるために私の移動手段は自転車になりました。
蜜を避けるため公共の交通機関はなるだけ使わず、自転車でぐるぐる回るようになっていました。
そうやっていたところに9月15日梅岩の誕生日が巡ってきたわけです。
この働き方どうなん?
間違ってない?
自問自答の日々です。
働き方そのものを根本から問い直している半年間の途中で商売の正当性を初めて理論的に立てた人の誕生日を迎える、となると、そらー挨拶に行かなあかんやろと。塾長が繰り返し引いておられた人の生まれた場所が亀岡だということは知っていたわけで自転車であればちょうど良い距離でもある。
現地で「石田梅岩心学の道」の標識を見つけるまでは少し手間取りました。石碑の下の方には親切に地図もありますね。
その顕彰碑には、「共生の理念」と題して、『都鄙問答』からの引用が刻まれていました。
世間ノアリサマヲ見レバ、商人ノヤウニ見ヘテ盗人アリ。 實ノ商人ハ先モ立、我モ立ツコトヲ思フナリ。 紛レモノハ人ヲダマシテ、其座ヲスマス。 是ヲ一列ニ云フベキニハアラズ
――『都鄙問答』
世の中をよく見ると、商人のように見えても実は盗人がいる。本物の商人は「先(相手)も立ち、我も立つ」ことを思うものだ。にせ者は人をだまして、その場をしのぐだけだ。これらを同列に語ってはならない。そういう意味でしょう。
ここで、ああ、と思ったんです。
「商人の買利は士の禄に同じ」と利益の正当性を立てた人が、同じ口で、本物の商人を見分ける基準として「先も立ち、我も立つ」と言っている。近江商人の三方良しにも似てますがこちらの方が一方少ないようでいて目線は高いです。梅岩は社会や社会の仕組みを俯瞰してます。
しかも、語順が先なんですね。相手が先で、我が後。自分の利益を立てる前に、まず相手の利益が立つことを思う。そう思える者だけが、武士の俸禄に等しい正当な利を頂く資格がある。そう思えない者は、外見が商人でも盗人と同列だと。
利を取る正当性を高らかに肯定した人が、同時に、その正当性を成り立たせる条件をかなり厳しく置いている。「先」が先でなければ、それは盗人だ、と。
どっちが先って話。
会社が先か働く人が先か。
働く人が先だろう、テレワークは感染から身を守る、家族をも守る。テレワークは自分の時間が増える。
こっちが誠だろう。
「先モ立、我モ立ツ」と梅岩先生は言った。 順序を間違えていないか、大丈夫かとぐらつきそうだけどこれで行く。
