
この時、あなたはどっちいきますか。
僕は端があるほう。中央は見た目はきれいですね、でもそれって見た目だけ。
端っこのうまさは断面の複雑さにあるような、人間もそうじゃない?
カステラもそうですね、海苔巻きなんかは典型、ご飯のおこげなんかもそれに近いんじゃないかなって思いますね、それで言えば魚も鮭のハラミの皮とか、なんかうまいっすよね。それに対して真ん中はどうも味が均一というか変化がないからか分からないけどそんなになんていうか心をそそられない。(もちろん妻の手作りですからどこ食ったって美味いに決まってます、ここは強弁しておかないとね。ただ、海苔巻きにはかんぴょう入れてほしいって毎回切に願います。)
この私たちの働き方コーラルワークって言い方してますけど、これも端を愛する力じゃないかなって思ったりします。いわゆる地方ですね、もっというと田舎。これも端っこですよね。少しスカしてかっこよく言うと辺境かな。縁(へり)のようなところ。
注)古代の人々は”イナカ”にどうしてこの田舎を当てたんでしょうね。都市を支える現場としての田の舎を表していたとなると結構意義深い漢字です「田舎」
日本で中央って言ったらまぁ東京になるんだけどなんか面白くないでしょう。ロンドンやニューヨークみたいにメルティングポット的楽しさみたいなのはないですよね機能的な面白さはあるのかもしれないけど。
点でね、スポット的に見ていくと面白いのかもしれないけど日本全体から見るとあまり面白くない。中央集権的だから?いや、そこではないのです。
ただ、東京こそ端の集合体とは言えるんですよ。地方からはみ出した人間が全国から集まってくるんだから。なのに何故か端っこが集合してしまうとすべての断面は均一になってしまいます、なぜでしょうね。
たぶん端っこってそのもの単体に宿してる性質じゃなくて関係のなかにしかないものだからなんですね。海苔巻きの端がうまいのは(って勝手にうまいって決めつけてますが)なめらかな中央っていう別のものと接してるから。端っこは要するに境界で境界は両側に違うものがないと成立しない。だから端っこだけをかき集めると別のものとの落差が消えて全部が端なら何に対しての端なのか分からなくなる。境界だらけの塊には境界の向こう側がないんですね。
でもね、たぶん本当に均一になりきってはいない。どんな塊も集まった途端、その内部で新しい中央と新しい端っこを作り直してしまう。東京に集まった端っこたちは「東京の平均」っていう新しい中央をこしらえて、その東京にすら納まらないさらに端の人間が、また縁からはみ出していく。均一に見えるのは、端っこの集合が急いで作ったできたての中央を見てるからだけなのかもしれません。
それよりも端っこですね。で、おそらく読者の方は想像したでしょうが、そうなんですよ人間もそうじゃないかなぁって。端っこにいる人間がなんかおもろいですね。そこからすぐ脱走しそうなね、納まってないというかそういう人間の方が人としては面白い、つまり味わいがあるのです海苔巻き同様に。
