
頭の中に「グッドネイチャードパーソン」という言葉が浮かんできた。
なぜみんなリアル出社に戻っていくの。
どうしてみんながテレワークをやめてリアルな出社に戻っていくのか。これが不思議で仕方がなかったけれど、なんとなくわかってきたような気がする。
Googleの「グッドネイチャードパーソン」という言葉に象徴されるようになんだかITサービスほど人が中心で、人というものがとても重要だからなんじゃないのと。そして人が何のために働くかって考えたとき、人は社会のために、もっと身近なところでは人のために、家族のために、身の回りの人、地縁、血縁、そういう人たちのために働くんだろうって思うんだ。
飛ぶけど、いきなりやけど先の大戦では、そのために命を落としていった若者が数多くいる。人とはそういうものなんだろう。利己性よりも利他性のほうがまさる。これは生物の進化的にもそうで、幻想的なそういう人のために戦うということで国家・集団が大きくなっていった。
テレワークで失われるもの。
それがテレワークにおいては起きにくい。
当たり前だけど人そのものは変わらないんだけれど、地縁・血縁が生まれない状態で、疑似的な地縁・血縁を生もうとすると、それは集団で一緒に働くということで生まれる。
朝、同じ場所に集まる。同じ空気を吸って、一緒に昼飯食って、同じ時間を過ごす。誰かが咳をしていれば気にかけ、誰かが沈んでいれば声をかける。仕事の話だけじゃなくて、家族のこと、週末のこと、しょうもない雑談。そういう積み重ねの中で、人は「この人のために」と思える相手をゆっくり増やしていく。会社という場所が、現代における疑似的な地縁・血縁の装置になっていたんだろう、おそらくこの150年程度の間に。
テレワークではこれが構造的に生まれにくい。画面越しに業務の話はできる。タスクも回る。けれど、隣にいることでしか生まれない種類の縁、肌で感じる相手の存在感、そういうものが圧倒的に薄い。
これでは、利他のスイッチが入らんのよ。
人は誰かのために働く生き物だとすれば、その「誰か」が遠くなった働き方は、本質的なエネルギーを失わせるのかもしれない。
失われた30年と個人主義。
話は再び飛ぶけれども、戦後失われた30年はどうして起きたのか。これはもしかすると、日本人が地縁・血縁を失った結果そのエネルギーを失った結果、日本は落ち目になっていってるんじゃないだろうか。
翻って、米国などはとても個人主義が強い社会のように思えるのに、例えばもう1ヶ月後に大統領職につくトランプの演説とかを見ていても常に家族が周りにいる。隣に息子立たせて演説してる。アメリカ約3.5億もの国民がいるところで家族をあれだけ前面に出している。
こちら10億以上の民を抱えた中国も似たようなところがあって、中国の企業集団とかは家族でやっているのがとても多い。
しかし日本では家族でやっている、同族というと、ものすごく印象が悪い。
これってもしかして、アメリカが日本との貿易戦争に勝とうと思った50年前、非関税障壁を潰そうとしていったけれど、これが一番成功したんじゃないか。
日本に個人主義を植え付けて日本の力を削いだのは、まさにこの個人主義を植え付けられた結果じゃないかと思う。
それで言うと、翻って私たちの働き方、テレワークはまさに。
私が学んでいた盛和塾の企業などは、そもそもテレワークをやっていなかっただろうし、コロナのときは多少はやっていたとしても、もう元にすっかり戻ってるんじゃないだろうか。恐らく、利他の心を大切にするのが盛和塾なので、それを大切にしようとすると当然のように今まで述べてきたようにリアルな出社になり共同体意識を持って仕事をするのが当然になる。テレワでは利他の心が発揮できんと直感してる気がする。
ニューノーマルはどこへ行ったの?
それでも、こういうことを考えることができるのは、僕らがテレワークをやってるからだろう。
政府や識者はコロナの最中、分かったような顔して「これからはこれがニューノーマルだ」と言っていた。けれど終わってみれば、ニューノーマルではなくアブノーマルになってしまっているんじゃない?
私たちは、この普通じゃないものを普通にしていかなあかんと思ってやっているので、いろんな困難が前に立ちはだかるんですよほんま。
明治より前、江戸の頃。日本や世界もそうだけれど、一部の武士階級はお城に通勤していた。しかし99%の日本人はお日様と共に起きて、家の隣の畑を耕し、そして日が暮れたら家に戻ることを繰り返していた。つまり、ほとんどが家でやっていたから、そちらのほうが自然だろうと思ったんだ。
お天道様と暮らすのがノーマルだろうって考えてた。
だけど違った。
今は畑じゃないんだな。
資本主義社会ではお城が会社になったんだよね。だから、昔のお侍さんらしくお城にみんなが通勤してくるのがこの社会ではノーマルなんだなぁ。やはりそちらがノーマルなんだ。
人間はもう昔から、ピラミッドを作る習わしになっていた。頂点に社長がいて、部長がいて、そんな役職はないとしても自然とそういうものができていく。それが人間という社会なんでしょう。
僕らはノーマルじゃないからアブノーマル?
アブノーマルは危のうまる!
だから、私たちはそれとは違ったオルタナティブな何かを目指すのでござる。


このグッドネイチャードパーソンをGoogleのと書きましたが確証はありません。Wikiにもありません。もちろんこれは普通名刺なのでGood-Natured Personで検索すると「良い人」って出てきますね。
ただ、それと同時に決まって出てくるのはGoogleやMetaのようなテック企業では皆さんがイメージしてるようになスキル面よりもこの良い人ってゆうかなり抽象的な部分を採用では重視してますよってことがずらずらっと出てきますね。ほんとかどうかはわかりません。
