私たちの3分間スピーチ。  「積み重ね」

今日の発表は、プログラマとしてサーバ管理を主に業務として行ってくれている男性です。入社5年目。こつこつ、こつこつ、努力して、努力して今を築き上げた方です。彼らしい発表になりました。私は今月彼のふるさとを訪ねる機会に恵まれました。今から楽しみです。

 

積み重ねというと、皆さん何を連想するでしょう。
「地味」でしょうか、それとも「不可欠」でしょうか。

おおよそ、皆さんの考えは合っているでしょう。
私の本日する話は、珍しい話や目を見開くようなものではございません。

さて、そんな退屈な話を何故、な話をいたします。

皆さん、振り返ってみて過去にどのくらいの「積み重ね」をしてきたでしょうか。
それが仕事における積み重ねもあったでしょう、
家族や仲間との積み重ねもあったでしょう、
趣味においてもそうでしょう、
とにかく積み重ねだらけだったはずです。

時としてそれはルーチンワークに陥り、
ギャップとして刺激がない新しさがないと言った、
現状に苛立ちを持ったりもするでしょう。
人を相手にすれば時間もかかれば考えなければならない事もあり、
別段華々しい事ばかりじゃないんです。

だがしかしです。
兎にも角にもその全てを円滑にしてきたのは
「積み重ね」に他ならないのだと、私は思うのです。

それにより意思疎通や作業効率、何もかもが加速されてきたのです。
年をとるにつれ、人間を相手にすれば遅くなった事も早くなった事もあります。
ただ逆に積み重ねによる底上げがなければ、
何もかもが拙いものだったのだとも思うのです。

経験、おありじゃないでしょうか。
自分を表現できなかった事、相手の気持ちを汲めなかった事。
または、うまくできた事。
それらは、幾度か繰り返すうちに上手になった事。
幾度か繰り返すうちに、的確になっていった事。

積み重ねの繰り返し、私はこれができる人が好きです。
積み重ねとは一言で言えば「経験」を因数分解したものです。
経験を要素で分ければ、その「積み重ね」に分けらる、と私は考えます。
もちろん一発の経験の大小や、未知への挑戦はあれど、「やった事がある」「やれるはず」
それらも分解すれば「積み重ね」があったから。
人の経験を裏打ちするのは「積み重ね」なのだと思うのです。
漠然と「経験」と呼ばれる中身は、具体的な「積み重ね」であると思うのです。

ごくごく当たり前の事で、おまけに私見ではありますが
積み重ね万歳なんです。
これからもド真面目に積み重ね街道を進んで参りたいと思います。

堂々と失敗と成功の「積み重ね」を繰り返していきましょう!

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