フラット化しない北関東方言

栃木県とか茨城県の訛りをウリにするお笑いが受けているようだ。テレビを数十年見続けた身としては何を今更という感じになる。これはテレビというメディアが生まれたときからあったようなネタだからだ。もうそれから半世紀近くが経とうとしているのだ。お笑いのネタとしては十分に古いはずだ。

つい数年前には、世界はあまねく隅々まで情報が行き渡った結果フラット化するはずだったのに、首都東京から数百キロも離れていない栃木の文化が笑いのネタになっている。

これだけ見ていると、交通機関やITの発達で、人や情報は地球上を短期間に巡るようになり、地球はグローバル化はしたけれど、世界のフラット化はどうやらまだまだ先にあるような気配になってくる。
グローバル化とフラット化は似ているようでも現象的にはまるで違う。

人々の文化的な営みが続く限り文化的な差異は永遠に続くような気さえする。

ITの発達で遠くの情報も瞬時に入手できるようになった。輸送の発達でイベリコ豚や上海ガニがスーパーの店頭に並ぶようになった。
だけど、多くの人が地元のお祭りがいつ行われるのか、裏の畑で何がとれているのかさへ分からなくなってしまった。遠くとつながったおかげで逆に近くの関係は薄くなってしまった。

お茶の間で笑う対象は、栃木でも茨城でも群馬でもどこでも良いでんしょうね。そんな僕たちの遠くにつながってしまった隙間を埋めてくれるものであれば。

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