どうして本や新聞を読んだ方が、営業面から。

お早う、皆さん。

一昨日、鵜飼君が出口さんの世界史の本を貸してって言ってきてくれたので、
それが、とても嬉しいので改めて書きます。

僕は、よう皆に、本読め、新聞読めって言いますね。
本は奥付から読みなさい、新聞は社説を読みなさいと、合わせてね。

今回は営業の側面から話します。

営業をするというのは、モノや物を買ってもらい自社の売り上げを伸ばすのが
第一義であることは間違いありません。

その時に、その相手が、僕が常に説いているゴーイングコンサーン的意識の高い
会社。
つまり、社会、会社、人という三位一体の関係や大切さを意識した人や会社で
あれば、単純に売っていればそれで良いです。
売りと買いが成立すると、それが社会に少なからず好影響を与えます。

だけど、ほとんどの場合にはそうではないです。
いかんせん、うちは零細も零細企業です。

相手から見ると、ゴキブリ以下の存在です。
ゴキブリとしての扱いしか受けなくても、まーしゃーないわけです。

相手はゴキブリとしてしか見てませんから、平気で踏んづけてきます。
だけど、そんな踏みつけられてあっさり死にたくないし、自分たちも一生ゴキブリで
いるつもりはないはずです。

ただ、現実は難しい。
相手が大きければ肯かざるを得ない場面がある。
肯くだけだったら良いけど、従わざるを得ない場合がある。

でも、それやっちゃったら、もうその時にはゴキブリ以下に成り下がるのだと思います。

その成り下がりを防いでくれるもの、そういった扱いを受けたときの心の持ちようや、
精神の働きを手助けしてくれるのが教養なんです。

鵜飼君が読もうとしている世界史などは、当たり前すぎる教養です。
別に大学受験するわけではないから、年号を覚えるなんて意味の無いこと。

世界の流れを歴史的観点から俯瞰することが目的です。
そして、それを書いた人が出口さんだったら二重の教養になります。

では、そういった教養があることで、どうしてゴキブリ以下にならずに済むのか。

それは、未来を見通せる力が身につくからです。

何のためにフランチャイズ事業を行うのか、何のためにBカート売ってるのか。
その先、売っている先の世界をぼんやりとでも頭に描くことができるようになります。

精神をその状態に持って行けば、目の前の客をワラ人形として遇することも可能となり、
自分たちの未来世界を、その藁人形の背中に描くことが可能となります。

教養を身に付けなさい。
勉強をしなさい。

そのためには、残業はダメです。
業務で教養は身につかないです。

赤ん坊が寝ている間に育つように、教養も君たちが自分で自由に使える時の間に
育つのです。

きのわき

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