「花言葉 Language of flowers」カテゴリーアーカイブ

ブログ書くだけではつまらないので、エントランスに活けてある花の言葉に載せるようにしたけど、ハードルが上がってしまった…。

その先は、教養集約型産業だって。

労働集約型産業、資本蓄積型産業、知識集約型産業、さてその次は?

書きかけ…。

激高しているように聞こえたらしい。

フウセントウワタ-風船唐綿(Cotton bush):花言葉は、秘めた力。この花は蜜を多く蓄えているため、その重みにより下向きに開花する。そして、その蜜めがけて多くの昆虫がやってくる。そうした様子から、多くの人や物を引き寄せる能力を持っていることがイメージされ、花言葉の「秘めた能力」ということになったのだろう。
人は誰しも多くの能力を持っているがそれを開花させる力はその人の正に努力という力だろう。
しかし、言い訳はその努力を停止させ、一時的に保身だけをはからせてしまう何ともつまらない行為だ。

先週の午後、僕の電話応対が、その相手に対して激高しているように聞こえたらしいです。

思い当たる節はこうです。

僕をご指名の電話がありました。そういうのってたいてい営業の電話です。どこでどうお調べになったかどうか分かりませんが、きのわきさんお願いしますと電話が掛かってきます。

ーうちでは、受付で電話に出た子には、色々詮索しなくて良いです、相手の名前も電話番号も何も聞かなくて良いです。そんな電話受付のイロハのようなことはどうでも良いです、きのわき様いらっしゃいますでしょうかと言われたら、ハイって言って直ぐに変わったら良いです、君たちの貴重な時間をそんなことに使わなくて良いですから、直ぐにかわってくださいと伝えています。

­­ーこのやり取りの時間が勿体ないです。**さんいますかって言われたら直ぐに変わったら良いと思います。どちら様でしょうか、どのようなご用件でしょうかなんてきいてる時間がもったいないです。用があるから電話してきてるんだし、相手はもう一度同じことを話さなきゃなんないですから、本人にさっさと変わって用件聞いたら良いと思うんです。

ーだけど、世の中的には電話の作法みたいなのがあって、はい、どちら様でしょうかなんて、それに準じて皆さんやっちゃいます。申し訳ないけど、しょうもないですね。

さて、案の定、営業のお電話でした。転職サイトの代理店と思しめきところの男性営業マンから、求人に困っていらっしゃいませんか、今、注目の転職サイトがあるんですが、ちょっとお時間よろしいでしょうか、ほんのちょっとのお時間で良いので、ご説明に上がらせていただきたいのですがという内容でした。

僕は、電話で内容聞くのも面倒だし、どうせ皆さん同じこと言うし、どうでも良いから、いつでも良いから来てくださいって答えます。その代わり来られた時に僕いなかったらごめんねって。

ただ、遠方から来られるとなると、こっちは何も考えていないわけだから、それはちょっと負担なのでどちらからいらっしゃるんですかとだけ尋ねます。

そうすると、今回のお相手は大阪からと。

うーん、大阪と言っても広いなー、大阪のどこですかと尋ねると、

ちょっとしどろもどろになりかけて、

え、大阪ですと。

だから、大阪の何処ですか?

はい、ちょっとお待ちくださいませ。

え、お待ちくださいって、正確な住所教えてって言ってるわけじゃないですよ。あなたがいつも乗り降りしている駅があるでしょ?

はい、済みません、まだ入社間もないものでして。

え、入社間もないってどれくらいですか?

2,3ヶ月です。

ーここら辺から僕の語気は少し荒くなってます。

2,3ヶ月ってどういうことですか? 会社に入って2ヶ月と3ヶ月って全然違うでしょ? 新人の方であれば入社37日目ですって言えるぐらいが本当じゃないですか? 2,3ヶ月って余りにいい加減ではないですか。それに入社初日であっても大阪のどこかぐらい答えれるでしょ。

…。

もしかしてテレアポの方?

いいえ、実は入社1ヶ月でして。

そう、入社1ヶ月。で、どうして住所が言えないのですか?

済みません、毎日忙しくて、住所覚える時間がなかったもので…。

なんで、そんなつまらない言い訳するの?

いえ、言い訳ではなくて…。

君さ、自分の会社の住所だよね? そこ面接受けて入ったんだよね? なんでそういうこと言うの? 言ってどうなるの?

はい、あの今は東京から電話しておりまして。なので、

…、あのな、東京から電話してようが何してようが、自分の会社の住所を知らないってことあるの? それ言って、何になるんだよ。それで君は何を守りたいんだ? 自分の何を証明したいんだ?

本当は、もっと入社浅いんです…。ちょっとお待ちくださいませ。

…おおさかし、きたく…。 こちらからお伺いさせていいただきます。きのわき様は、いつがご都合よろしいでしょうか。

おい、ちょっと待ってくれよ、そういう問題じゃないだろ。君は、何の目的で今の会社に入ったの? 俺に電話するために入ったんじゃないだろ?

はい、済みません

ーここがどうにも通じていない感じがし、どんどん自分の語気が荒くなっていくのが分かりました。言い訳することの虚しさ、非創造性をいくら訴えても通じない。それで遂には、語気強く悪態をついて電話を切ってしまいました。

こうやって文字にしてもあまり伝わらないと思います。端で聞いていた人は、なんできのわきさんあんなに怒ってはるんやろと映っていたと思います。

唯々(ただただ)、虚しくて怒ってしまっていました。まだまだ、人間できてないなって思います。だけど、もう一度同じような電話が来たら、やはり怒ると思います。

いくら言い訳しても、それで守れるのはホンの一瞬の自分のしょうもないプライドだけやぞ、目を覚ませ、知らないって言える勇気を持てって。

株式会社Dai 代表取締役 木脇和政

希林さんの言葉。

グロリオサ(Flame lily):花言葉は頑強な愛。名前のグロリオサはラテン語の”gloriosus”から。燃えるような鮮やかな色彩と大きくそり返った華やかな姿を見ていると、自ずとイメージされる。
樹木希林の飄々としたその生き様はグロリアスからは遠い印象も受けるが、その内奥にはギラギラしたエネルギーとそれへの諦念を感じる。

樹木希林が今月15日に亡くなり、この連休は多くのテレビ番組で特集が組まれていた。

彼女のことは、変わったタレント、ユニークな俳優、独特な個性溢れる女優としていつも興味深く見ていた。

しかし、追悼番組などで、多くのその語録が取り上げられ、生き方のようなものが報じられると、興味を越えて尊敬にかわった。すごい役者だったんだ。

私生活であったり、病気と闘い続けながら多くの作品で存在感を出し続けていたというのが縦糸にある。そこから色々な言葉が紡ぎ出されていた。

”マネージャーは雇わない。その人の人生まで引き受けてしまうけど、そんな自信はないから、私は一人でやるの。”

と言って、あのアカデミー女優が自分で仕事を取って、自分で出演交渉し、ギャラも決めていたのだとか。なかなか自分で自分のギャラを交渉するって難しいだろう。駆け出しであれば仕方がないけどもうベテランとなると、できたとしても避けたがるのではと思う。

芸術家にとって自分で自分に値を付けることはむずかしい。マネージャーに適当にやっておいてよと言いながら、なるだけ高いギャラでお願いねというのが本音ではないだろうか。

お金と面と向かうのはできれば避けたいのが人だと思う。

そして、会社は多くの社員を雇っているが、果たして自分も含めてだがキリンさんのような覚悟をもって社員を雇っているのだろうか。

左目を失明したときには、

”その人の奥っ側にある、対する人の裏側にあるものを見ていくチャンスかなと思っています。”

ガンを告知されたときには、

”がんはありがたい病気よ。周囲の相手が自分と真剣に向き合ってくれますから、そういう意味で、がんは面白いんですよね”

ちょっと前に書いたことだが、これこそ最善観ではないかと。前向きを通り越えて、それを実戦されてきたのだろう。いや、実戦ということばも彼女には似合わない。

死への覚悟を問われたときには、

”自分が生きたいということが人の迷惑にならないよう、ごみが無いようにって思っています。”

ホトケじゃん。

この言葉聞いたときには仏そのものに思えた。死がいつもつきまとっているけど、死を特別視していない。

いろいろ気になって彼女のことばを追っていたら、父上は薩摩琵琶の奏者であるとのことだった。全てを物語っているように思う。

株式会社Dai 代表取締役 木脇和政

社労士さんを囲んで勉強会。

アナベル・リー(Annabelle):花言葉は、前の記事では移り気、愛すべき人でしたが、もう一つあります。”一家団欒”、”団結”。いったいナンボあんねんと思いますよね。でも花言葉って、以前も書いたように見た目から来るインスピレーションだったりもするので、なんぼでも生まれる素地はありますね。
これで言うとアナベル(あじさい)って小さな花、実際はあのヒラヒラは花びらではなくて萼(がく)ですが、それが寄り集まっているように見えますよね。そこから一家団欒とかがイメージされたようです。
しかし、この花言葉、なんでもそうだけど、歴史の重みは大きいです。というのもあじさいのもともとの意味、あじさいの”あじ”は古語の”あつ”つまり集まるが転化したものです。つまりこのあじさいを見て、いにしえの人々も何だか、集まってる、団結してる、家族仲良し良いことやんかってのを連想してたんですね。それがずっと今も花言葉として残ってる。歴史に耐えたものはホンマモンですわ。花も人も。
そして、この写真には一緒にケイトウ(花言葉は風変わり、気取り屋)、ソリダコ(花言葉は引っ込み思案)なんてのも映ってます。色んな個性があって一つの集団。会社もそうじゃないかなーって、無理無理感がありますが、会社を考える勉強会の花として持ってきました。

社労士さんを囲んで勉強会。

まー、タイトルはそのまんまですね。もうちょっとひねったものがほしいのだけど、それが思いつかないってことは自分の中でこの会の本質が見えてないからかも知れません。

ちょっと前には、会計士の方に来ていただいて、社員全員で当社の決算書を見ながら、財務三表の勉強をしました。これで新人の社員、ベテランの社員問わず、少し企業財務の勉強になったかと思います。

会計の勉強ならばそれこそ簿記の資格を取るために会社帰りに学校に行って勉強したりはされます。でも、それじゃ、税務申告はできるようになったとしても企業の財務は読めないです。

この会社の財務体質はどうなのかは、それこそROEなどを数字として見ればわかるでしょう。しかし、それを単独で見たところで、その数字が平均と比べて小さいね、大きいねが分かる程度で、では小さいからダメなのか、大きいから安心なのかは株主、投資家はそれで良くても、そこに人生を投資している社員にとってはあまり大きな意味は持たないでしょう。

この会社は何をしようとしているのか、どこに向かおうとしているのかを自分の人生と掛け合わせる必要があります。そしてそれは簿記の勉強をしても分からないのです。(簿記の勉強している人には大変ゴメンなさい、その知識が基礎になっているわけで、それがなければ議論の下地ができませんし、納税申告にはとても重要な知識です。とても有り難いことだと思っています。)

さて、前置きが長くなってしまいました。

そして、今度は会計士さんではなくて、社労士さんを招いての勉強会です。働き方改革、働き方改革って政府も言ってますが、社会も今はそれを相当に意識しているようですね。そうすると僕たちも望むと望まざるとに関わらず意識しなければならないでしょう、これは論を俟ちません。

先の記事にあった副業に関する論議もその流れだし、働き方改革して残業減らしたら、所得減っちゃったじゃんっていう現実も見えてきました。

というところで、来週の連休明け早々に、社労士さんに来ていただいて、本社、支店全員集合。彼らの前で”賃金、労務事情、働き方改革のトレンド”などをテーマに話しをしてもらいます。

レジュメはないとのことなので、僕もどういう風に進むのかよく分かりませんが、終わった後に、どんな質問が社員から出てくるのかが楽しみです。

会計士さんを囲んでも、社労士さんを囲んでも、別に彼らが正しい道を示してくれるわけではない。こういう勉強会は考えるキッカケを与えてくれるものだと思います。考えなければならないのは自分たちであり、行動しなければならないのも自分たちであることは間違いありませんからね。

そして、そのことで地球が0コンマ何ミリか良い方向に動く。

株式会社Dai 代表取締役 木脇和政

借り上げ社宅制度

アナベル・リー(Annabelle):花言葉は、副業の記事の時には”移り気”でしたが、このアナベルリーにはもう一つの花言葉があります。それは、”愛すべき人”。
愛すべき人を両手で包んでみました。

今日から、私たちの社内制度や手当などについて書いていこうと思います。というか急に思い立ちました。言ってみれば就業規則に書いているようなことなんですけど、それをもっと詳しく分かりやすく、なぜそんな制度を設けているんだってところで紹介していければ良いなと思います。そんなに変わったものはありませんが、割と好評っぽいのを取り上げていきたいと思います。

思いつくところでは、●借り上げ社宅制度 ●文化・教養費手当 ●PC・デバイス補助 ●誕生日休暇等々。

先ずは、「借り上げ社宅」

住宅手当と似ていますが、そうではないです。そして、割と知られていない人もいるようなのでここからいきます。

平たく言うと、会社が不動産屋と賃貸契約を結びそれを社員に貸与するという制度です。なぜそんなことをするのかは、後述します。

立地条件として、京都本社、東京支店の所在地から駅でいうと一駅以内。徒歩では15分以内のところの賃貸住宅を探してもらいます。会社が一緒に探してもいいですし、社員が一人で探してもそれはどちらでも構いません。

そうやって探した住宅を先ずは会社が不動産屋さんと賃貸契約を結びます。そして、それを社員に貸し出すというものです。

なぜ、そんな面倒くさいことをするのだと言われると、税金、交通費が関係しています。

そのため、借り上げ社宅には補助費を設けています。具体的には京都本社の場合で3万円、東京支店の場合で4.5万円(2018.9.15現在)です。

具体的には、東京支店の近くに家賃10万円のマンションを借りた場合、4.5万円の補助があるので、実質5.5万円の家賃で済むことになります。

では、先の税金面、交通費面を説明しますと、仮に30万円の給与があったとすると、給与を受け取る時点で4.5万円が差し引かれるので所得は25.5万円になります。ご存じのように税金や社会保険料はこの所得に課税されますから、その二つが低くなることになります。特ですね(^^)v

一方、会社の方はというと、家賃の10万円は経費となるので、法人税などが節税できることになります。ま、僕は嫌いな言葉ですけどwin-winってやつでしょうか。

交通費面はと言いますと、会社は社員が徒歩圏内に住んでくれるので、交通費の支給をしなくて済むようになりますから、これも出費を抑えることになります。社員は交通ラッシュを避けることもできますね。時間の節約ができます。

もう一つ精神的と言っても良いメリットもあります。先の交通ラッシュでもみくちゃにされることもそうですが、交通災害などでの被害を受けにくいというのがあります。この前の台風21号は室戸台風に匹敵するかというほどの超大型台風でした。未だにその被害を受けた関空は復旧できずにいます。関西の多くの企業がその前日や上陸の当日は休業にしていたかと思います。当社もそうでした。さすがにこれぐらいひどい台風だと無理なのですが、軽微な自然災害だと交通だけはマヒするって場合がありますが、徒歩圏内の社員だったらその影響は受けませんから、業務の遂行にとってとても優位に働くのです。

以上、当社の借り上げ社宅についてでした。詳細をお知りになりたい方は、当社の就業規則をご覧ください。

株式会社Dai 代表取締役 木脇和政

Dai暦25年

ピンクッション(Pincushion):花言葉は、いつでも、どこでも成功を。
なんとも25期にふさわしい花言葉ですね。そしてその花言葉の由来は、この花の見た目。おしべが空に向かって一斉に勢いよく伸びている様からつけられたようです。人にも花にも勢いっていうかそういうのが大事で、それが成功を予感させるんでしょうね。

Dai暦25年

当社の会社設立は平成6年9月1日ですから、会社としては第25期目に突入し、満24周年を迎えたことになり、来年はいよいよ満25周年です。すごいなって自分でも感心します。約1/4世紀ですよ。

昨日のアサカイで、満25周年の挨拶をアサカイリーダーから求められた僕は、慌ててしまいました。なぜって何も用意していなかったし、25周年と言われて、あれ?そうだっけみたいな感じでした。

ま、それなりにグダグダした話しをしたのですが、もしも期待していてくれた人がいてたら済みませんでした。

そして、このアサカイとも関係しますが、アサカイの冒頭にリーダーが指名した方がその日の年月日と共に一声、おはようございます!って話します。そして、それに続けて他の人も声を合わせます。

今日で言うとこんな感じです。

”2018年9月5日、アサカイ始めます、皆さんおはようございます!”

”お早うございます!”

アサカイでは西暦で言う方が大半です。というか全員が西暦です。何でだろう、和暦、元号は嫌なのかな。9月5日って言っている月日の部分は他に言い方はないのですが、その前に付ける年号は何だって良いはず。

僕があいさつするときには、今年であれば、昭和93年**月**日とか、明治150年**月**日って言い方をします。

昭和93年って言い方をする理由はご存じの方も多いと思いますが、営業に行ったときとかに、相手の生年月日の話題になったときとかに、昭和世代ってことはまだまだ多いですから、その方が昭和50年って言ったら、93-50=43歳ってすぐに分かるわけですね。そういう便利な意味も込めて昭和93年って挨拶したりします。

明治150年**月**日ってのは、一つの区切りでしょ。

それと同時に何だって良いはずというのがあります。別に年号は西暦で言わなければならないと決めているわけでもなんでもないです。キリスト教しか認めていないわけでもなんでもないです。

タイ国のように、あそこは仏歴ですから、お釈迦さんがなくなってから何年というのが年号になっていると思います。キリストが生まれてから何年という西暦とは逆になってるところが面白いですよね。

他にも、イスラーム暦やユダヤ暦だってあるはず。

決めてもいないのにどうしてみんな決まった言い方をするんだろう。

ただ、今度平成が終わって新しい元号が始まった時には、省庁とかは西暦に統一するらしいですね。ま、それは合理性という意味で良いとは思います。コンピュータと年号って、今度のオリンピックに関係してのサマータイム導入云々でも大きく問題になってますし、難しいですよね。

そんなこんなで、自社の設立記念日に元号とか年号とか考えて思ったの。

今の社会の暦って、宗教的人物、開祖の生まれた年、死んだ年とか、統治者が統治した時代とかが中心になっているのだけど、だったら、だったら、もっとエゴイスティックに設立暦で良いのではないの?

”Dai暦25年9月5日、アサカイ始めます、皆さんおはようございます!”

あくまで洒落ですからね。

株式会社Dai 代表取締役 木脇和政

嵐山渡月橋、台風21号の爪痕です。毎朝チャリンコでこの橋の上を通るわけですが、今朝は欄干がなぎ倒されていました。増水はそこまでなかったので、これは風による力。割と水や風を逃がす構造になっているはずなのにこんなになってしまってます。人や車がこの上を通っていたら軽くとばされていたのでしょうね。
毎年、毎年、この渡月橋が自然の力に倒される頻度が高くなっていっているように思います。

水増し。

ヤマゴボウ(Pokeweed):花言葉は内縁の妻。
なんでこんな花言葉が付いたんだろうって思いますね。実がまばらについているからだって解説していたページがあったけど、まばらがどうして内縁の妻?それよりもこの英名のPokeweedって名前の方から来ている感じがします。訳すと”ちょっかいだしたがりの雑草”みたいな感じなんで。それから、名前はヤマゴボウって言うので食べれそうな感じがしたりしますが、この植物には全部分に毒があるそうです。誤食すると嘔吐、下痢、中枢神経の麻痺から痙攣などの意識障害が起こるらしい。もしかすると内縁の妻ってそこから来ているのかな?それもおかしな話しだな。
そう言えば戦時中は、日本酒を水増しするためにメチルアルコールを添加したりして多くの方が健康被害にあったとか。辛い時代であったとは言え水増しはどんな場合でもダメだ。

”水増し”

いやなことばです。

そして、今、起きていること。

「障害者雇用水増し3460人 国の機関の8割、雇用率半減」

という問題。

これがどうも分かりません。なぜこんなことするんだろう。国が決めたことを中央の省庁が40年以上にもわたって誤魔化してきていた。

なぜ?

ここ最近の役所のスキャンダルとしては、”公文書の書き換え”なんてのがありましたが、これは明らかに保身です。だから、やってはダメだけどやるんだろうなって理由は分かります。

文部科学省の汚職事件とかもそうです。”自分の子どもを裏口入学させちゃう”とか、とっても恥ずかしいことだけど、ま、やっちゃうんだろうなっていう理由は分かります。

ところが、今回の不祥事はどうもこういうのとは違う。言語道断だ!って障がい者の団体が怒るのはごもっとも。「障害者施策を推進する立場として深くおわびを申し上げる」と記者会見で頭を下げた加藤厚労相は当然。

みんなとんでもないことだって思っている。だったらそれは当の役所の人間だって同じはず。だけど、守らなかった、守れなかった。水増ししちゃったって。

なぜ?

民間企業の場合は国が定めた法定雇用率を下回ると、不足数1人当たり月額5万円の納付金を求められる。しかし、行政機関にはそもそもそういったペナルティーがない。だから、守らないのか?

そうじゃないだろう。

役所は税金で回ってるんだよね。決まった予算でやってるわけだからそれで組めば良いだけのはず。担当者が保身を図っているわけでも、不当な利益を得ようとしているのでもないはず。

恐らく、担当者以外の職員は達成していると思っていたのじゃないだろうか。そんなこと疑ってもいなかったんじゃないだろうか。

じゃー、担当者はなぜ?

もしかして、障がい者を雇用すると業務の効率が落ちて不都合が起きるとか組織全体を考えていたりするのだろうか、職場環境に何か影響がでるとかって思ってるんだろうか。民間なら、あってはいけないけどそう考えても仕方がないかもしれない。競争にさらされているのでね。

しかし、彼らに競争はないはず。それに、そもそもが、これは明らかな差別であり、憲法14条「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」をもっとも意識しているのが役人ではないのか。こんなことやっちゃう人たちだけど、妙に法の意識は高かったりする。そんな彼らがなぜ?

役所特有の横並び意識?

とも違うような気がする。

報道を見ていても、関係者が言い訳すらしていないのはなぜなんだろう。役所の不祥事ってのは、大抵が言い訳てんこ盛りで最初は始まります。それが報道と共に徐々に言い訳ができなくなって、最後に皆さんで、”誠に申し訳ございませんでした!”って頭を下げて終わり。

だけど、今回はその言い訳もない。

制度そのものの問題としては、この制度を所管する厚労省に監督権限がなく、各機関からの報告を受けることしかできないためだとも言われているけど、そもそもどうして監督しなければならないのだろう。

役所が民間を監督指導するのは分かる。だけど、彼らにしても自分たちを監督指導しなければならないなんて思わなかったのではないだろうか。

では、なぜ?

彼らは何のために?

この”水増し”ということばは、元々は日本酒を売っていた者がより利益を出すためにそれをアルコールで薄めて売っていたことが語源になっています。

「三増酒」といわれるものです。 戦争が終わって食べるものすらことかく時代。だけど、いつの時代でも酒飲みはいます。当時の国税庁に頭のいい者がいて、税金のたくさん取れる方法を考えました。日本酒1に対してアルコール2の割合で薄めて販売したから「三増酒」。当然美味しいはずがないんだけど、アルコールがほしいやつには売れた。でもって税収もその分伸びた。そう言えば、今回の水増し問題で最多の人数ごまかしを働いていたのは国税庁でしたね。元々水増しが得意なんだね。

しかし、今回の事件、事件なのか問題なのか、これはは水増しと言って良いのだろうか。

酒を水増しして売るとかってのは商道徳、商売倫理違反でしょう。しかし、今回の水増しは、人間性の根幹が揺らいでいる気がするのです。巨大な役所がみんな超鈍感な状態になってしまっているような。目の前のタスクに追われて足元を誰もが見失ったかのような感じです。

それともなにか、役所ならではのとんでもない制度が隠されているのだろうか。どうにも分からないのです。

そんな時、自らが障害を抱えながら会社を経営している佐藤仙務氏の意見がとてもまともに思えました。

株式会社Dai 代表取締役 木脇和政

”教養とは?” 分かりやすく簡潔に。

プロテアビーナス:花言葉は ギリシャ神話に登場する自由に思いのままに自分の姿を変えることができる プロテウス神からとられているとのこと 。海の神ポセイドンとかと関係あるらしいけど詳しくはよく知りません。
そして南アフリカ共和国の国花だということで、これは確か。
花言葉は、この二つの由来から、”自由”そして、見た目から国花と呼べるほどの見た目から、”威厳ある風格”という二つらしい。
で、この写真大きく拡大してみたら、真ん中にもやがかかっていて何となく137億年前に起きたビッグバン直後の宇宙の風景に似ていなくもないですね。

教養を磨け、教養力を高めろ、教養がなければ質の高い仕事はできないんだよと僕は会社でよく口にします。

世間でも同じようなことを仰るような方がいらっしゃるような気がしますし、歴史的にも正しいような気がしますし、歴史が正しければそれは明るい未来を担保する何かだと言って良いんではないかと思っています。

さて、自分に教養があるとかどうとかはこの際おいておいて、やはり言い続けてます。なので、その理由とか意味とか何度か書いたりしてるんですが、どうも分かりにくいという感じがしないでもないです。

疑問1.教養ってそもそも何?

疑問2.教養がないとどうして質の高い仕事はできないの?

これらの疑問に対する答え、つまり教養とは?に対する定義は自分なりにはできていました、割と具体的に。だけど、確証がなかった。それを議論する相手、それについてお尋ねすべき相手が見つからず、ずっとあたためてきました。しかし、先日の昼間、非常に人格的にも素晴らしく、学識、ご経験ともに優れた方とお話しする機会をいただき、やっと自分の考えを披露させていただいたところ、なるほどそれは面白いですねと賛同いただいたのでついにここで披露します。

ちょっと、もったいぶってますね。だけど、その日は本当にそれぐらいの一日だったのです。

教養と似て非なるものに知識がありまますが、これと比較することで明確になるのです。

例えば、この宇宙はビッグバン以来137億年を経過しているわけですが、これは観測結果からほぼ科学的に事実とされています。その137億年前の宇宙開闢後一瞬にして素粒子が誕生し、原子、電子、中性子が生まれ、重力が発生し、どういうわけかタンパク質が合成され、命の源が誕生した(ここら辺はむちゃくちゃいい加減です。単語の羅列です。ちゃんと調べるべきと思いますがご容赦ください。言いたいことはここではないので。)

さて、この一文に出てきた、”ビッグバン”という単語、”137億年”という数字、原子、電子、中性子などの単語いずれもこれは知識です。

しかし、このビッグバンという無から有が生じると言う概念や、無機物から有機物ができてしまったという現象、137億年という凡そ人類が経験することのない年月をどう感じるかは人それぞれです。

日常生活を送ったり、一般的な会社で業務を遂行するには、あってもなくても良いような知識です。

そうであるが故に、137億年という人類の歴史を知ったときに、ここに価値を感じ、今後の人類の未来に思いを馳せ、だからこそ命は大切にしなければならないのだ、地球は大切なのだと考える力が教養力。

そこで自分がとれる行動として、会社、仕事を通じて社会に貢献し、人類の歴史を少しでも明るいものにしたいと思えば、それは単なる知識から教養になっていると思います。

つまり、知識も教養も単に文字列だけを見れば同じもの。その文字列をどう捉えるかという心の状態によりそれは、知識にも教養にもなりうるのではないかと或る日突然思ったわけでした。

疑問2.教養がないとどうして質の高い仕事はできないの?
時間がなくなりました。続きは後ほど…。
株式会社Dai 代表取締役 木脇和政

虫は異物じゃないだろう。

ソラナム(Solanum):花言葉は、つつましい幸せ。その心は、小さなカボチャのようなその形から愛らしさ可愛さを表現か。
当然だけど、どんな小さなものにも命はあるのだと。

「一寸の虫にも五分の魂」

もう今はあまり聞かない言葉です。だけど、人間の気概を現すには良い言葉のように思います。

 

ようやく、ここに来て、世間の一時の異物混入大騒ぎは鎮まってきたようです。

マクドナルドの業績は、前期比マイナスを更新していますが、世間的にはニュースからは異物混入記事は減ってきていて、今はどこを見てもそのような記事はありません。異物混入が社会から無くなったわけでもないでしょうに、全く不思議です。

何だったのでしょうか、あの大騒ぎは。

故意にやるのは犯罪だし、不衛生を肯定するわけでもありません。

しかし、インスタントのカップか何かに小さなコオロギか何かが入っていてどうしてあそこまで大騒ぎするのか。彼が、コオロギが一体何をそんな悪さをしたというのか。哀れな自分の亡骸を写真に撮られて、WEBに載せられて。気持ちが悪いの、不衛生だと罵られ、一体彼が何をしたというのか。

私たちは、ご飯をいただくときに味噌汁に虫が入っていたら、その命を憐れんでいたように思います。決して気味悪がったりしてなかった。しかし、今はマスコミ総出でそれらを異物としてとりあげ、異物はダメ、異なるものはダメなんだと排除していってます。

虫くん、言うたれ、

「一寸の虫にも五分の魂」と。